事務所ブログ

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135. 年末年始のお休みのお知らせ (2015.12.29)

 事務所は、平成27年12月29日(火)~平成28年1月5日(火)まで、
お休みとさせて頂きます。
 新年は1月6日(水)から業務開始となります。

 ご迷惑をお掛けして大変申し訳ございませんが、どうぞよろしくお願い致します。

134. 映画への旅(16)「エール!」 (2015.12.29)

 聴覚障がい者の両親と弟がいる、16歳の少女の夢と旅立ちを描いたフランス映画です。「耳が聞こえないのは個性だ。」と胸を張り言い切る父。オシャレで陽気な母。ちょっとおませでほのぼのした雰囲気の弟。ヒロインのポーラだけが唯一の健聴者です。一家はフランスの片田舎で酪農を営み、手作りのチーズの販売などをして生計を立てています。家族にはそれぞれ役割があり、お互い助け合って強い絆で結ばれています。特に、健聴者であるポーラには、家族と外の世界を繋ぐという重要な役目があります。

ある日、ポーラは音楽教師によって、特別な歌の才能があることを見出されます。ポーラは音楽教師から、パリにある音楽学校に入学するためのオーデションを受けることを強く勧められ、毎日熱心に歌のレッスンを続けます。しかし、家族はポーラを失うことの不安から、オーデションを受けることに大反対します。ポーラは両親の気持ちが痛い程理解できるので、一度は自分の夢を諦めようとします。ポーラは両親との葛藤など幾多の困難を経た後、自分の夢に向かって歩むために、両親の元から旅立って行くというストーリーです。

聴覚障がいを持つ家族の描き方が、チャーミングでコミカルで暗さが全くないのが、フランス映画らしくてとても素敵だと思いました。そして、この映画の最大の魅力は主人公のポーラ役に抜擢されてルアンヌ・エメラの歌声です。実際に歌のオーデション番組に出場して歌手デビューしています。私は映画の予告編でルアンヌ・エメラの歌声を聴いて、すっかり魅了されてしまいました。粗削りだけれど、歌の心がしっかり伝わって来て感動しました。歌のメッセージを深く理解して、心の底から湧き上がる感情を歌に込めて、聴く人にストレートに伝わるように歌える人は、本当に素晴らしいと思います。

映画の後半、歌のオーデションの時、ポーラは耳の聞こえない家族のために歌の途中から手話を交えて歌い出します。ポーラの家族に対する熱い思いが伝わって来て涙が流れました。ポーラの家族はポーラの歌声を聴くことはできませんが、ポーラの歌に懸ける真っ直ぐな熱い心は、しっかりと伝わり理解できたはずです。家族愛についても深く考えさせられる映画でした。

今年一年を締め括る映画に相応しく、観て良かったと心から思える清々しい映画でした。来年もいつまでも心に残る作品に、数多く出逢えますようにと願っています。
(事務局:hakko)

133.写真展の準備 (2015.12.21)
 今日は、昼間何とか時間を見つけて、少しの間だけですが、明日22日(火)から開催されるYPC(読売写真クラブ)の写真展の会場設営に参加しました。
 会場の崇城大学ギャラりーはこれまでも何回か行ったことがありましたが、改めて中に入ってみるとかなり広い展示スペースになっていました。会場設営用の高所台車やピンなどの小道具も揃っていて、係の方も親切でした。いい感じで会場設営ができました。
 年末の慌しい時期ではありますが、各会員がそれぞれの思いを持って表現していますので、是非ご覧頂ければ幸いです。
132. 熊本読売写真クラブの写真展開催のお知らせ    (2015.12.20)

 平成27年12月22日(火)~12月27(日)まで、熊本市中央区花畑町(熊本市電熊本城電停のそば)の崇城大学ギャラリーにて、熊本読売写真クラブ写真展が開催されます。

 熊本読売写真クラブの会員とOBなどを含めた写真展で、私も6作品出展します。写真のサイズはA3ノビですので、普段写真ブログで見て頂くよりも少し迫力
があり、色もきれいだと思います。
 年末のお忙しい時期ではありますが、街に出掛けられたついでにでもお立ち寄り頂ければ幸いです。
 私は12月23日(水・祝日)の午後と、同27日(日)の午後は会場に待機しています。

 今回の出品作品は、「写真ブログ」の「12月21日」分にアップしました。

133. 「熊本羅針」2016年1月号の表紙 (2015.12.16)
 熊本県中小企業家同友会の会報誌「熊本羅針」の平成28年1月号の表紙に、私の写真が掲載されました。
 写真のタイトルは「ドラマの予感」です。

写真に添えられた言葉は、
「夜明け前に、頂上に佇む。
  完全な静寂。
  これからすばらしいドラマが始まろうとしている。」
です。
131. 自治体の任期付職員 (2015.12.15)

 先日の新聞で、弁護士が自治体の任期付職員となって活躍している例が増えていると紹介されていました。人数が増えているとは言っても、全国の弁護士の全体数からするとほんの僅かにすぎませんし、通常は3年間や5年間の任期付の採用のようです。

 このように弁護士の自治体での任期付職員が増えている原因は、勿論自治体の中に入って自分の専門分野としたいという動機の方もおられるのでしょうが、主として弁護士人口の増加によって通常の事務所での就職が難しい状況になっていることが挙げられます。日弁連も、弁護士人口の増加による弁護士の職域拡大のために、企業内弁護士(インハウス)や弁護士の自治体職員を拡大することを目指しています。
 ただ、例えば企業内弁護士にしても、まだ全国の弁護士数約3万5000人の中の1000人位に留まっています。熊本でもある会社で県内で初めて企業内弁護士となられた方がいましたが、1年位で辞めて他会に登録換えをされました。顧問弁護士との立ち位置の問題や、弁護士会の委員会活動が難しいこと、会社内部の資格取得が大変なこと、待遇の問題その他の色々な事情があったのかもしれません。
 一方で、先日日弁連ADRセンターの会議に出席したところ、全国の基幹病院では既に10名位がインハウスの弁護士になって医療分野で活躍しているとのことで、徐々にではありますが、色々な分野での弁護士の活躍が進んではいるようです。

  私が今日の弁護士の自治体職員の記事で最も興味を持った点は、自治体が弁護士の任期付職員を採用する理由が「顧問の弁護士が敷居が高そうで相談し難い、職員であれば気軽に相談できるから」ということと、実際上も弁護士の任期付職員の採用によって職員からの相談件数が10倍に増えたとされていることです。
 百年以上経っても、市民の方々にとっては今だに弁護士は敷居が高いと思われ続けていて、一向に改善がなされていない訳で、私達弁護士としては改めて考えなければならないことです。
 今後も暫くは弁護士人口が増加して行くことは確実です。そんな状況の中で、弁護士界全体としても、また個々の法律事務所としても、市民の方々からのアクセス改善をどう図って行けるのか、日々考えて行かなければならない問題です。

130. 映画への旅(15) 「海賊じいちゃんの贈りもの」 (2015.12.14)

 「海賊じいちゃんの贈りもの」は、ブリティッシュ・コメディです。外国映画のコメディというと日本人の笑いのツボと違うことが多くて、ちっともおかしくないなんていうことが多々ありますが、この映画はコメディとして見事に成功している作品です。

 75歳になるおじいちゃんの誕生日を祝うためにスコットランドの自宅に集まった家族の物語です。離婚の危機に直面している夫婦のドタバタ、子供達の純粋さや天真爛漫さ、子供達の誰も想像がつかないような物凄い行動力、おじいちゃんの人間の本質を見事に言い当てた深い人生観などが織り込まれ、軽快なテンポで描かれています。
 映画に登場する3人の子供達が、個性的で演技が自然なのが印象的でした。監督は子供達にシナリオを見せないでシーンの説明だけをして、子供達の自然な演技を導き出すようにしたそうです。子供達の演技がとても自然でリアリティーが感じられ、そのことが大きな魅力になっていると思いました。
 この映画は、イギリス映画らしい風刺の効いた笑いが随所にちりばめられています。私も、思わず声を出して笑ってしまうということが何度もありました。また、滑稽さだけでなく、時にはしみじみとして胸がジーンと熱くなり、最後には深い感動に包まれて涙が流れました。
 私が特に好きなシーンは、末期ガンで今まさに死に直面しているおじいちゃんが子供達に「大人達はドタバタしているけど、最期にはそんなことどうでもいいと思えるものさ。」と呟くように、噛み締めるように言うシーンです。とてもシンプルな言葉ですが、私の心にストレートに響き、人生の核心を見事に言い当ててる言葉だと思いました。
 映画の大きなテーマの一つが「家族の再生」ですが、ラストシーンでは希望の抱ける内容になっているので、映画を観終わった後、清々しく温かな気持ちになれました。
 笑い・涙・感動・希望などを絶妙なバランスで描いた上質な作品になっています。

  お薦めの作品ですが、残念なことにデンキカンでの上映は1日1回限定、しかも2週間(12月25日迄)だけの上映となっています。是非、お見逃しないように!
(事務局:hakko)

129. 心もピカピカ (2015.12.14)

 先週末、事務所の大掃除を早々に終えました。
 事務所の大掃除は、16年前から地元の専門業者に依頼をしています。一年に一度、毎年お会いする清掃スタッフの方々とはすっかり顔馴染みになっています。スタッフの方々は役割が分担制となっています。こちらが指示をしなくても、手際よくテキパキと手慣れた様子で掃除する姿を見ていると、「やっぱりプロだなぁ。」と感心します。 
 ピカピカに美しく磨き上げられた事務所の窓ガラスから眺める青空が、いつもよりひと際青く澄んで輝いているように見えます。

 事務所の大掃除が終わると、新年を迎える心の準備が整います。
今年も残り僅かとなりましたが、一日一日を丁寧に過ごしたいと心を新たにしました。
(事務局:hakko)

128. 紫垣事務所合同忘年会 (2015.12.10)

平成27年12月3日、ホテルキャッスルで、紫垣法律事務所の合同忘年会が開催されました。

 この会は、私も勤務していたことがある紫垣陸助法律事務所出身や関係の法律事務所が、事務員さんや家族も含めて、合同で忘年会を開催するもので、もう30年位の歴史があります。今年もまた人数が増えて約50名位の参加があり盛況でした。私の出発点となる会であり、大切に思っている会です。

 今年も、関係事務所の先生方のお子さんが2名参加されました。お1人は昨年から事務所スタッフとしてご両親を支え、もうお1人はお父さんの後継者を目指して来年からロースクールに入学して、司法試験に挑戦されるそうです。
 また、今年の大きな特徴としては、若手弁護士の先生3名がご結婚されて新妻を伴って参加されていたので、とても初々しい雰囲気でした。

 毎年恒例の紫垣先生ご夫妻のご配慮によるプレゼント大会も開催され、私も可愛らしいクリスマスツリーを頂きました。今年も笑顔の溢れる、和気あいあいとした楽しい忘年会となりました。

127. 人生を賭けたもの (2015.12.07)

 先日、北九州の山岳プロガイドの山下健夫さん(九州マウンテンガイドサービス)から「ネパール大地震復興支援」のレポートとDVDが送られて来ました。
 山下さんとは、私が2011年7月に槍ヶ岳に向けて東鎌尾根を縦走していた時に、私の前をグループをガイドしておられて、動作がキビキビしていたことと、槍ヶ岳に向かって休まれている後姿が絵になっていたので、「すみません。後姿を撮らせて下さい。」と声を掛けて、知り合いになりました。エベレストにも4回遠征されて、うち2回登頂に成功されています。その後は、私が担当した白馬岳遭難事件の被害者の遺族の方との連絡等について力を貸して頂きました。

 その後、今年4月末にネパール大地震が発生し、山下さんがエベレストの麓のシェルパ族の村々のことを心配されて復興支援をされるということで、私にも支援要請がありましたので、ほんの僅かですがご協力をさせて頂きました。今回のレポートは、その復興支援の報告でした。
 レポートによると、支援金は山下さんご自身分も含めて約260万円集まり、支援をした人の数は約150名位のようです。活動としては、カトマンズを経て3週間以上に亘り現地に入られ、ポーターを雇って、布団の購入と配布、木製の橋の修復費用や村人への支援金の交付などの活動をされています。DVDを見ると、現地の地震による被害の大きさや高地の辺境の村まで荷物を運ぶ大変さなどが分かります。

 山下さんのレポートの中には「自分は人生を山に賭けてきた」という趣旨の言葉がありました。自分の人生を何かひとつに賭けて来たと自信と誇りを以て明確に言えることは本当に素晴らしいことだと思います。今回は、山下さんのそんな生き方が、山々やシャルパ族への感謝の気持ちを生み、支援する側とされる側との繋がりを生んだ訳で、いい活動をされたと思います。
 今の時点で、私には自分は人生をこれに賭けて来たと言えるものがあるだろうか。自分にとって大切なもの、自分にとっての生きている意味、改めて考えさせられるレポートでした。

126. セーラー服で「ポッキー」!(予告編) (2015.12.06)

 昨年末のこのブログで、医療法人の忘年会で、グループの出し物で「ももいろクローバーZ」のダンスを練習して踊って楽しかったことを書きましたが、今年の忘年会でもまた、6名でのグループダンスに声を掛けて頂きました。
 
 ところが、今年の曲はエグスプロージョンの「本能寺の変」と、最近のグリコ「ポッキー」のCMソング J.soul.brathersの「Sharehappi(シェアハピ)」とのこと。早速you tubeで見てみましたが、どちらの曲も動きが速くてダンスも複雑で、最初の感想は、「あ、これはちょっと無理かも・・」と思いました。
 先日の夜には、少しだけ練習をしたものの殆んどダンスができない状態で第1回目の練習に参加しましたが、私の分はかなり省略した振付にして頂けるようで、安心しました。あと2週間位練習すれば、何とかなりそうです。

 you tubeでは、これらの曲の女子高校生のダンスがUPされていますが、本当に楽しそうです。これに倣って、私も含めた男性3人はセーラー服姿で踊ることになりました。この年になって、こんな馬鹿ができるのも、楽しいことかもしれません。年末には美しいセーラー服姿で、汗をかいて頑張ります!

125.勇気の花がひらくとき(アンパンマン) (2015.12.01)

 アンパンマンについては、このブログでも以前書いたことがあります。
 それは①アンパンマンが自分の顔をひきちぎって、困っている人に分け与えるという絶対的な心の優しさと、②アンパンマンのテーマソングの意味深さについてでした。(そうだうれしいんだ 生きる喜び たとえ胸の傷がいたんでも。なんのために生まれて なにをして生きるのか こたえられないなんて そんなのはいやだ!。今を生きる事で 熱いこころ燃える だから君は行くんだ ほほえんで。忘れないで夢を、ながさないで涙 だから君はとぶんだ どこまでも。時ははやくすぎる 光る星は消える だから君は いくんだ ほほえんで。そうだうれしんだ 生きる喜び、たとえどんな敵があいてでも、あぁアンパンマン やさしい君は いけ!みんなの夢 まもるため。・・) 

 そんな気持ちを持っていた中、先日新聞の書評で梯(かけはし)久美子さんがやなせたかしさんについて書いた「勇気の花がひらくとき」という小学生向けの本が紹介されていましたので、アマゾンで買って読んでみました。136ページで、字が大きくてすぐ読める本でした。
 この本によると、やなせたかしさんがアンパンマンを生み出したベースには、色々な人生経験があることが分かります。父親を3歳で亡くしたこと、母親が再婚して自分と弟は伯父さん夫婦に預けられて育てられたこと、弟は優秀でコンプレックスがあったこと、戦争に行ったこと、弟が若くして戦死し自分は生き残ったこと、復員してもう一度夢を追いかけてみようと考えて奥さんと共に歩いて来たことなど…。
 アンパンマンが自分の顔をひきちぎって困った人に分けてあげるのも、どうしてなのかその理由が分かりました。「戦争は人を殺すことですが、食べ物を分けてあげることは、人を生かすことです。命を応援することです。」、「自分の顔を食べさせて、困っている人々に元気と勇気を与えてくれるのです。」、「自分の食べ物をあげてしまったら、自分が餓えるかもしれない。いじめられている人をかばったら、自分がいじめられるかもしれない。それでも、どうしてもだれかを助けたいと思うとき、本当の勇気がわいてくるんです。」、「困っている人がいれば、自分の身が危なくても、必ず助けに行きます。」、「さびしい気持ちにそっとよりそい、もうだめだと思う気持ちに元気を与えてくれます。」、「傷ついても、悲しくても、生きている自分を大事にして、前向きに生きよう。そんなメッセージが、つらい状況にある人に、しっかり伝わったのです。」、「アンパンマンは、たまたま生まれたヒーローではありません。悲しいことや苦しいこともたくさん経験し、人間が生きる意味は何だろうと先生が考え続けた中から誕生したのです。人はなぜ、なんのために生きるのかーやなせ先生がアンパンマンを通して投げ掛けた問いを、読者の皆さんとともに、私自身も心にもち続けて、考え続けたいと思っています。」。

 そうだったんですね。いろんな人生経験を経て、やなせたかしさんの優しい、真っ直ぐな考えが反映されたものだったんですね(グスン…)。テーマソングもそんな思いから作られたものだったんですね。この本を読んで、アンパンマンに託したその深い意味がよく分かりました。

 「おそれるな がんばるんだ
 勇気の花が開くとき 
 ぼくが空をとんでいくから 
 きっと君を助けるから」

 アンパンマンは、ブッダやキリストと同じなのかもしれません。

124.ものの価値(スカイライン) (2015.12.01)

 「もの」の「価値」などと言っても、これらは所詮は人間が作り上げた幻想にすぎませんから、私達は本来は何物にも、そして何の価値にも捉われる必要はないものです。
 しかし、そうは言っても、この現実社会においては色々な価値や評価が作り出されて、それらを基礎として社会が動いていることも事実です。
 例えば、不動産の評価で言えば、固定資産税評価額、相続贈与の際の路線価、国交省の公示価格、そして時価と、制度の目的によって様々の評価額があります。そして、時価とは言っても、一体幾らなのか正解はない訳で、裁判の現場では最終的には不動産鑑定士による評価額などが参考にされています。

 先日和解が成立した案件では、物の価値とは何だろうと改めて考えさせられました。
 それは交通事故事案で、今から40数年前の昭和40年代に生産されたいわゆる「日産箱型スカイライン」を13年前にフルレストアーの状態で430万円で購入して乗り続けて来た被害者が、事故で車が損傷して、これを修理するには修理工場が同種の車を購入してそこから必要な部品を取り出してまた新たにレストアーする必要があるとして、修理代約700万円の請求をして来たものです。
 これに対しては、当方は、修理代の損害は時価を上回ることはなく、裁判実務及び保険実務では通常はレッドブックに中古車価格も載っていないような車両の時価については、せいぜい新車価格の10%とみるのが相当であるから、本件では約7万円の損害と考えるのが相当であると反論しました。
 しかしながら、実を言うと、この「箱スカ」の時価の評価というのは大変難しくて、街中で見ても普通の人はポンコツ車に思えても、マニアの間では高額で取引をされており、中古車市場でもネットで調べてみると、確かに800万円とか1000万円以上だとかで取引がされているような状態でした。普通は1000万円出すならば他の車をと思いますが、好きな人の間ではたまらない価値があるのでしょう。ただ、一方では300万円代の車もありましたので、レストアーの状態や使用状態によって大きく評価は変わるようでした。
 裁判官ももし判決になったら本件車両の時価をどう認定すればよいかよく分からないと、率直な意見を述べられていました。

 本件では、判例ではいわゆるヴィンテージ、マニア的なものであっても中古市場で一定の客観的な市場が形成されて流通している場合には流通価格での損害を認めていることと、当方の依頼者(加害者)から、同じツーリング仲間同士のツーリング中の事故なので加害者側に最大の配慮をして欲しいとの強い要望があって特殊な事情がありましたので、保険会社とも方向性を協議し、加害者側の弁護士とも交渉をして、当方が400万円を支払うことで何とか和解を成立させました。
 私も長い間保険会社側で交通事故訴訟に係わって来ていますが、本当に珍しい事件で、ものの価値とは何だろうと改めて考えさせられる事案でした。

123. 映画への旅(14)「FOUJITA-フジタ」 (2015.11.30)

 小栗康平監督の10年振りの新作です。小栗康平監督は寡作で有名な監督ですので、今回の映画は非常に貴重な作品であるといえます。
 画家・藤田嗣治の人生が1920年代のフランスと1940年代の日本とで分けて描かれています。フランスでは「フジタの白」と言われた乳白色の肌の裸婦像が評判となり、華やかなフランス生活を謳歌する姿が描かれます。
 一方、日本に帰国してからは生活が一変して田舎に疎開し、戦争画家として活動します。
戦後は、戦争協力者として批難され再び渡仏して洗礼を受け、晩年は宗教画を描き遺しています。
 フランスと日本、全く違う文化と時代の中を生き抜いたフジタ。抗うことができない厳しい環境や状況の中でも強く生き抜くたくましさ、絵を描き続ける勤勉さ、異国と祖国で味わった寂しさ哀しみ孤独感などが感じられました。
 フジタは5度に亘り、結婚と離婚を繰り返しました。それは、創作意欲を掻き立てる大きな原動力となっていたことは勿論のこと、異国の地での唯一の心の安らぎを求めたからなのかもしれません。フジタと5人目の妻・君代さんとは、多くの言葉を交わさなくても心が通じ合う関係だったようです。初めて真の心の安らぎを得たのではないでしょうか。君代さんは傷心のフジタの心に寄り添い続け、フジタの最期も看取りました。最終的に選択した安住の地は異国のフランスで、大きな時代の流れに翻弄された運命を象徴しているかのようです。
 映画は説明的な余計なものを一切排除し、観る人の感性に強く訴えかけてきます。全てのショットが、考え抜かれ作り込まれた画作りをしているのがよく分かります。光と影から生まれる陰影がとても美しく、色調や構図、カメラワークなども見事だと思いました。私は映画を観ている間中、心の中で何度も何度も「美しい!!」と呟いていました。映画のワンショット、ワンショットが小栗康平監督が創り出した完璧な画に思えました。まるで美術品を鑑賞しているような気分でした。セリフも最小限で、観る人が自分の感性を研ぎ澄ませて感じ取る映画です。静かに流れる心地よい空気感の中に、ピーンと張り詰めた緊張感も感じられる映画です。

 小栗康平監督は今回の作品「FOUJITA」で、「自分なりの映画的な原点に立ち戻った気がしています。」と述べられています。小栗康平監督は現在70歳。35年の監督人生で僅か6本しか作品を制作していませんが、次回作は・・・10年後なのでしょうか?
早くも次回作への期待は高まるばかりです。
(事務局:hakko)

122. 明日への幸福 (2015.11.24)
 ガーデンの中で日毎に、ひときわ輝きを益しているのが「ヤブコウジ」(十両)です。千両や万両と同じ仲間です。
 先週位から緑色の実がふっくらとしてきて、今週に入って赤く色づき始めました。日陰や寒さに強く、お正月の迎春の飾りなどとして最適です。
 花言葉は、お正月の松竹梅を引き立てて、幸福を呼び込むことから「明日への幸福」です。全ての実が真っ赤に色付いた様子を想像するだけで、胸がワクワクして来ます。
 11月も残り少なくなり、季節は早くも師走へと。
 何かと気忙しくなりますが、一日一日を大切にして丁寧に暮らしたいものです。
(事務局:hakko)
121. desire for democracy (2015.11.20)

 既に写真ブログのNO.2530でUPしましたが、安保法案が成立した後に上京した際に、どんな塩梅になっているのだろうと国会議事堂前を訪れてみました。
 もうSEALSの姿もデモの人並みもなくて、正門の前にパトカーが1台横着けされてガードしているだけで、何だか象徴的な風景でした。あとは、少し離れた所に警察車両が5~6台停まっていて、静かな雰囲気でした。一人暫く佇んでいると、また集会の熱気が聞こえそうな、もうこれからはずっと聞こえなさそうな…。

 今ではもう報道でも安保法案のことや民主主義、立憲主義のことは殆んど取上げられることはなくなってしまいました。政権が経済に重点を移し、一億総活躍を言い出したので、国民はもうすっかりこの件は忘れてしまったのでしょうか。それとも、「国民をなめんなよ」の思いは、一旦は潜行しつつも、民主主義と立憲主義を求める新たな潮流として、今後の政治状況を大きく変えて行くのでしょうか。
 その後も、野党は、維新の分裂、共産党との共闘の問題、民主党の解党と野党再編の問題などと、国民が安心して政権を託せるような状況にはなっていないようです。今後はむしろ、SEALSなどが中心となって新しく選挙権を持った18歳以上の人も含めた若者やリベラルを結集して、一定の政治勢力を目指すという方向があってもよいのではないかと思います。

 今日の夜テレビニュースを見ていると、安保法案成立から今日で2ヵ月が経ったということで、国会議事堂前でデモ集会が行われていました。今後も毎月19日には集会を続けて行く予定だそうです。このように継続して問題意識を持って行動している方々もおられますが、国民の関心がイスラム国のテロ事件やTPPなどに移っている中で、来年の参議院選挙までどのような動きとなるのか、よく見守り、これからも考えて行きたいと思います。

120. マイナンバー (2015.11.19)

 今日、私にもマイナンバー(個人番号)が郵送されて来ました。
 マイナンバー制度は、これまでは今ひとつピンと来ていませんでした。行政手続の効率化と市民の利益性の向上、それに公平な課税の確保という目的は分かりますが、私としては、実際上は自分の税務申告や事務所のスタッフの社会保険関係の手続に必要なくらいかな、個人番号カードの申請までは必要ないかな、などと思っていました。

 同封されていた説明書を読んでみると、平成28年1月から社会保障・税・災害対策の手続でマイナンバーの利用を開始し、同29年1月からは国の行政機関の間で、同29年7月からは地方公共団体等も含めて、情報連携を開始するとされています。
 そして、ICチップが搭載されている「個人番号カード」のメリットとしては、①マイナンバーの証明書類として、②本人確認の身分証明書として、③行政サービスや行政手続のオンライン申請に、④民間のオンライン取引等に、⑤コンビニなどでの各種証明書の取得等にと利用場面が挙げられていました。
 考えてみると、今後はおそらくインターネット取引でもサイトへのログインの際に利用者証明のための「電子証明書」が利用されることが多くなると思われます。コンビニで住民票や印鑑証明書などの各種証明書を取得できることも便利です。カードは持ち歩かなければ紛失のおそれは殆んどありません。それで、一応個人番号カードを申請しておくことにしました。あとは暫くは様子見というところでしょうか。

 もっとも、他方で、マイナンバー制度は行政機関と民間による一層の個人情報の集積と漏洩、不正使用等の問題点を孕んでいますので、今後の展開も見守って行く必要があります。

119. 映画への旅(13) (2015.11.19)

1.「LAST  KNIGHTS」(ラスト・ナイツ)
 熊本出身の紀里谷和明監督が、ハリウッド進出第一作目として大きな話題になっている映画です。ハリウッドの大物俳優・モーガン・フリーマンをはじめとする演技派揃いで、国際色豊かなキャストによる大作です。

 日本人には馴染みの深い「忠臣蔵」をベースにしているので、ストーリーは予想できる展開で、意外性や新鮮味はありません。印象的だったのは、マイナス20度のチェコで撮影された映像です。モノトーンの渋い色調が美しく絵画的で重厚感がありました。
 しかし、紀里谷監督の初監督作品「CASSHERN」の斬新な映像美、二作目「GOEMON」の奇想天外で痛快な内容に衝撃を受け、溢れんばかりの才能に感嘆し、紀里谷ワールドにすっかり魅了された私は、今回の作品は何かしら物足りなさを感じました。以前の作品は疾走感、個性的な映像、強烈な色彩感覚、観終わった後の痛快さなど、他の誰にも似ていない強い個性と豊かな才能を感じました。今回の作品は大作ですから、これまでのような冒険は封印したのでしょうか。それにしましても、日本人がハリウッドの大作を監督する時代になったのは素直に嬉しいです。

 紀里谷監督は、テレビのインタビューの中で、人生で大切なのことは「思い切って飛び込むこと」だと述べられていました。どうなるかも分からない中で僅か15歳で単身アメリカに渡って、ハリウッド映画の監督までなられるまでには、紆余曲折を経て、本当に色々な出来事があったことでしょう。思い切って飛び込めば道は開けるというのは、体験から出た貴重な言葉だと思います。
 
 監督は映画の宣伝のために積極的に活動しておられて、現在まで335媒体に出て、110カ所の映画館を巡り、映画を宣伝する名刺を1日2000枚、すでに4万枚配ったそうです。映画を「愛しい我が子」と言い、命懸けで愛し抜いている姿は魅力的で、今後も人の心を動かす大きなパワーを秘めている方だと思いました。

2.「恋人たち」
 名作「ぐるりのこと。」から7年振りとなる、橋口亮輔監督の待望の作品です。
 主役に起用された3人は、橋口監督が自ら発掘した無名の新人俳優です。3人の主役の脇を固めるのは個性的で実力派の俳優陣です。橋口監督はそれぞれの俳優の個性を理解したうえで「あて書き」をされているので、登場人物の全ての人物描写が、生き生きと描かれています。それぞれが抱えるやり場のない悲壮感、絶望感などの心の痛みをとてもリアルに描いています。深刻過ぎず、時にはユーモアを交えながら、人間の心の奥底にある深い闇を見つめます。

 この映画にはいろんなタイプの人間が登場します。通り魔殺人事件で妻を失い生きることも死ぬこともできずに苦しむ人、平凡な暮らしの中で感情をどこかに置き忘れたようにして日々を過ごし現実を直視しようとしない人、エリート気取りで高慢な態度をとり続けて人の心に寄り添えない人、同性愛者で親友をずっと好きなのだけど愛を受け容れて貰えず苦しむ人、二面性を持ち人を騙すことに何ら罪悪感も抱かない人、次々に人を騙したり嘘をつくことにだけ一生懸命な人、調子よく親しげに人に接するけれど心が全く伝わってこない人、他人の苦しみを全て包み込むような穏やかな笑顔でただ静かに「うん、うん」と優しく相槌を打って人の心に寄り添ってくれる人・・・。人間って本当にいろいろだなと、しみじみ感じます。

 映画の後半、通り魔に妻を殺害され人は、精神的に追い詰められ発作的に死のうとします。非常に危険な状況に陥ります。彼のやり場のない苦しみが、心の奥底から湧き上がり溢れ出てくるのを感じます。演技を超えたリアルな感情が、私の心にストレートに響いてきて泣けてきました。
 人は辛く苦しい状況の中からどうやって立ち直って行くのか。それは、たった一人でもいいからそばにいて、自分の辛い気持ちを黙って聞いてくれて、理解し、共感し、心にそっと寄り添ってくれる人がいてくれることなのだと思います。そうやって人の心に支えられながら、根本的な問題は解決しなくても、それでも人は生きて行かざるを得ないし、生きなければいけないのだ、と強くそう思いました。

 橋口監督は、「ぐるりのこと。」撮影後にうつ状態になり、3年前にはどうにもならない危険な状態になられたそうです。今回の「恋人たち」には、橋口監督ご自身の辛く苦しい経験が色濃く投影されていたように感じました。橋口監督は「人生を否定したくない。ささやかな希望をちりばめた。」と仰っていますが、確かに人間を多面的に捉えて、暖かく優しい眼差しで見守り続けていることが伝わって来ます。
「ぐるりのこと。」も大好きな作品でしたが、この「恋人たち」も期待以上の愛すべき作品です。今年観た映画の中でベストワンの予感がしています。
(事務局:hakko)

118. 「熊本羅針」12月号の表紙 (2015.11.18)

 熊本県中小企業家同友会の会報誌「熊本羅針」の平成27年12月号の表紙に、私の写真が掲載されました。
 写真のタイトルは「一夜の夢」です。

写真の解説は次のとおりです。
「無数の、ひとつひとつの存在が、光り輝いている。
 それは本当に束の間の輝きだ。
 そして、束の間だからこそ、
 全てのものは切なくて美しい。」

117. 焙煎士の真剣勝負 (2015.11.16)

 またまたデンキカンカフェのオーナーからお声を掛けて頂き、「エスメラルダ・ゲイシャ」の熱風焙煎方式と直火焙煎方式の違いを飲み比べる、という特別企画に参加させて頂きました。オーナーから手渡されたパンフレットには、2名の熟練した焙煎士による「経験とプライドを賭け、全身全霊で焙煎した本気の焙煎勝負」と書かれていました。2名の焙煎士の方は、それぞれ別々の会社でご活躍されており、キャリア30年程の熟練の焙煎士です。 
 「エスメラルダ・ゲイシャ」は、ハラミージョ地区で収穫されたものが最高峰とされていて、市場には流通することなく、プライベートオークションのみでしか入手できない貴重品だそうです。東京では、1杯5,000円~6,000円で提供されているそうです。デンキカンカフェでは、採算度外視で7杯だけ限定で提供されるとのことです。
 余談になりますが「エスメラルダ・ゲイシャ」は、以前NHKテレビ「プロフェッショナル仕事の流儀」で紹介されました名店「カフェ・バッハ」のオーナー田口護氏が、番組中で焙煎をしていたコーヒー豆としても有名です。

 私は昔からカフェオレ派でコーヒーに対する知識は全く持ち合わせておりませんので、焙煎方式の違いによる香り、甘味、酸味、苦みなどの違いについて、鋭敏に感じ取ることが出来るだろうかと正直不安でした。抽出までの作業工程の中で、少しだけミルで豆を挽かせて頂いたり、挽き立てのコーヒーの香りを確認させて頂きました。焙煎した味わいを忠実に再現するためにペーパーフイルターを使用されていました。お湯を糸のように細く注ぎ淹れて、じっくりと時間をかけて丁寧に抽出して行きます。この一連の作業の工程を眺めるのはとても興味深く、おのずと期待が高まって行きます。
 色鮮やかで上品なデミタスカップに注がれた2杯のコーヒー。香り、甘味、酸味、苦みなどの複雑で微妙な違いを、少量ずつ口に含みながら、何度も何度もじっくりと時間をかけて味わいました。すぐに明らかな違いがあることに気付きました。「熱風式焙煎」は味が柔らかく飲みやすく、冷めるにしたがい独特な酸味が強まって行きます。惜しいかな香りが弱いのです。「直火式焙煎」は芳ばしくふわっとしたまるみのある香りの中に、柑橘系の香りがしっかりと感じられました。味に迫力があり強い個性を感じます。味の好みは人それぞれでしょうが、私は直火式焙煎の方が個性的で好きでした。
  初めての体験だった「飲み比べ」は、焙煎方式の違いで香り、甘味、酸味、苦みなどが大きく違ってくる、ということを学ぶことが出来ました。コーヒーの世界の奥深さに触れることが出来る貴重な機会となりました。
(事務局:hakko)

116. 光の軌跡 (2015.11.15)
11月15日、熊本市民会館で、岩崎宏美さんの40周年記念コンサートが開催されました。岩崎宏美さんは16歳でデビューされて、今年で歌手生活40周年になります。また、つい先日(11月12日)誕生日を迎えら、57歳になったばかりだそうです。
  会場内の最前列には、5年前に発足したという親衛隊の方々で埋め尽くされていました。親衛隊の方々は黄色の鉢巻を締め、「I LOVE 宏美」と書かれたお揃いの白いTシャツ姿で、右手にはピンク色のペンライトを握り締めていました。みなさん岩崎宏美さんと同年代のようで、おそらくデビュー当時からの熱心なファンの方々ばかりのようにお見受けしました。
  岩崎宏美さんは澄んだ透き通るような美しい声と、伸びやかな歌声で数々のヒット曲を次々に歌われました。阿久悠氏作詞の歌がシングルだけでも14曲、アルバムは60曲もあるそうです。若い頃は歌詞の内容がよく理解できなかったこともあったそうですが、年を重ねていろんな経験を積むことによって歌詞の解釈が深まり、今になって「あぁ、そういう歌だったのか・・・。」としみじみ思うことが多いそうです。
  言葉をとても大切にされていて、歌の世界観を感情を込めて情感たっぷりに歌い上げていました。終始にこやかで自然体の好感の持てる話し方をされていて、人柄の良さが伝わって来ます。40年という長い間、多くの方々から愛されて、支持されている秘密が分かったような気がしました。
  コンサートの最後にアンコールで歌った最新曲「光の軌跡」は、岩崎宏美さんにとってのマイウエイのような歌でした。一言一言、言葉を噛み締めながら歌う姿が印象に残り感動的でした。
(事務局:hakko)
115. 弁護士活動の広域化 (2015.11.14)

 現在は一般の企業活動では、ネット社会、グローバル社会の進展で取引が広域化することは常識的なことですが、弁護士の世界でも業務の広域化が進展しています。
 ローン会社に対する過払金請求事件では、東京の大手法律事務所が資金を投入して新聞、テレビ、チラシで、派手な広告を打って、着手金無料、成功報酬20%などと派手な広告を打って、全国からの集客を図っています。
 さらに、最近はこれが交通事故の分野にまで広がって、東京の大手法律事務所が、損保会社から示談金を呈示された交通事故の被害者に対し相談を呼び掛けて、全国からの示談交渉の集客を図っています。交通事故の案件は主張立証や争点がある程度類型化していて特に複雑という訳ではありませんし、電話、FAX、メールを使えば全国のどことでも交渉ができ、しかも相手方は主に損保会社で支払も確実ですので、宣伝による集客に力を入れているという訳です。市民の方々の側も、一般的には特定の弁護士をご存知の方は少ないので、テレビで「お気軽にご相談下さい。」と宣伝されれば、どんな弁護士なのか顔の見えない弁護士であっても、相談してみようかと誘引されてしまうのかもしれません。

 相手方弁護士の所属会の点でも、私が現在受任している案件でも、東京の弁護士2件、大阪の弁護士2件、広島の弁護士1件、福岡の弁護士4件、佐世保の弁護士1件があって、県外の弁護士を相手にする案件が以前よりも多くなっている感じがします。
 このような状況も、弁護士の人口が増加して競争が激化していることのひとつの表れでしょう。

 そして、弁護士業務の広域化は、取扱分野の面でも表れています。そのひとつが国際化です。中小企業の東南アジア進出に伴って、九州の弁護士でも海外取引に関するサポートをすることが増えています。私もこれまでに、牛肉のインドネシア輸出に関するハラール認証の契約書や、日本のトラックが電子部品を載せて船で海を渡りそのまま韓国内を陸送をする場合の契約書などの作成、チェックに関与した経験があります。今や渉外が専門ではない弁護士でも、企業の海外との取引についても業務を担当する時代になっています。

 時代の動きは凄いものです。弁護士は益々色々な問題意識を持って研鑽を積み、どんな相談や依頼にも的確に応えられるように、どんな弁護士とも真剣勝負ができるように、鋭いアンテナを張っておく必要があります。

114. あなたの大切な人のために (2015.11.13)

 お花屋さんから薦められた「サザンクロス」(ピンクスターマドンナ)。5枚のピンク色の花びらが星のような形をしていることから、「サザンクロス」と名付けられています。みかん科の花なので、みかんの香りがします。
 花言葉は「流れ星に願い事をすると叶う」という言い伝えにちなんで、「願いを叶えて」です。これからも次々に花が咲くそうなので楽しみです。

 あとひとつは、お花屋さんからプレゼントされた「プリンセチア」。ピンク色で可愛らしくてとってもキュートです。ガーデンが、一気にクリスマスの雰囲気になりました。
 以前にも一度ブログで書きましたが、「プリンセチア」に添えられた言葉がとても素敵です。「あなたの大切な人のために。あなたの特別な時間のために。かけがえのない幸せを願って、プリンセチアは色づきます。」。
 ガーデンも、本格的な秋から初冬へと、季節は移り変わって行きます。
(事務局:hakko)

113. 幸せのオーラ (2015.11.13)

 今日は、現在産休中の事務スタッフのKさんから無事出産したとの連絡がありましたので、お昼休みの時間を利用して、弁護士と事務スタッフで病院に出産のお祝いに行きました。
 Kさんは、無事安産だった安堵感からか、もうすでにお母さんの顔をしており、優しく柔らかな微笑みを浮かべて、赤ちゃんを見つめていました。しばらく談笑したり、記念写真を撮影したりして、和やかな時間を過ごしました。新しい命の誕生に触れることは、とても嬉しいことです。
 産婦人科の病院を訪れるのは久し振りでしたが、普通の病院とは違って、新しい命の誕生を祝う幸せのオーラに包まれた空間なので、誰もが自然に笑顔になって、幸せな気持ちになれます。

 病院からの帰り途、二ノ丸公園を歩いて帰りました。小雨に濡れた色とりどりの落葉を踏みしめながら歩いていると、秋の深まりを感じます。途中の加藤神社で、「母子共に健やかでありますように、どうぞ見守って下さい。」と手を合わせて、心をこめて祈ってから、事務所に戻りました。
 幸せな気分に包まれた、いい一日でした。
(事務局:hakko)

112. 秋を味わう (2015.11.10)

 紅葉の季節、休みの日は撮影で忙しくなります。
  先日は南小国町の「マゼノ渓谷」に行って来ました。ここは、私が写真を始めた頃には、整備された道路もなくて、生い茂った草々をかき分けて車を進行させて、一体どこにあるのだろうと捜したこともあるくらいの秘境の地でした。「マゼノ渓谷」というその名前からして神秘的な雰囲気でした。
 しかし、今では新しい道路も出来てアクセスも容易になり、写真をやる人の間では全国的にも有名になり過ぎて、団体バスで集団で撮影に来たりするようになっています。さらに今年は、牧野組合の方々が山の中に有料の駐車場まで整備して渓谷へのアクセスを容易にしましたので、一般の観光客も大勢訪れるようになっています。
 地元振興を重視すれば、確かにそんな方向性もあるとは思いますが、私などは、秘境の地は秘境の地のままに、静かにそっとしておいて欲しい、自分の足で捜し求めて来る人達にこそ、深い静かな自然を味わって欲しいと思います。ちょっと寂しい気持ちです。

 渓谷の中で、丸一日を過ごすと、深く深く自然に浸ることができます。
 川の流れにひとりゆっくりと佇むと、全身がサラサラと音を立てて流れて行く水の音に包まれます。静かです。全くの静寂です。深く息を吸います。森の気配に浸ります。風が吹いて、木々が音を立て、上から無数の葉っぱがくるくると舞い散って来ます。まるで紅葉の風吹のようです。そして、赤や黄色の葉っぱが、川の流れに落ちて、次から次へと流れて来ます。とめどもない、変化して行く、永遠の世界のようです。
 誰もいない静寂の世界の中で、こうやって時が過ぎて行きます。そして、この時はもう二度と経験することはありません。今のこの時だけの出逢いです。

 写真を通じて、秋を味わう。時間を味わう。存在を味わう。
 今はいい季節です。

111. 気づき(sati、サティ) (2015.11.09)

 先日の新聞に「今のこの瞬間を味わう」と題して共同通信の記者の方の、いい記事が載っていました。
 この中では、若き3人の料理僧が、「仏教でいう気づきとは、身近な存在の大切さにあらためて気づくことです。食べることはその気づきが最も劇的に現れます。」、「私にとっては禅仏教の修業とは、今この瞬間に意識を向けてありのままに受け止めることです。」、「しゃべらない。両手を使う。口に食べ物を入れている間は箸を置く。それだけのことで、食事という日常の作業が、新鮮な今この瞬間を体験することになるのです。」と語っていました。毎回のひとつひとつの食事に意識を向けること、その中で今のこの瞬間を味わうことの大切さを訴えていました。
 食事は人間の人生の中でも日常生活の中でも重要な行為です。人は一般的には一生に3万日生きて10万回の食事をすると言われています。3万日のうちの1日を、10万回の1回を、いかに愛おしくそして丁寧に生きて感じて行くか、ということでしょう。

 東南アジアの上座仏教のヴィバッサナー瞑想の本を何冊か読んだことがありますが、その中でも「気づき(sati、サティ)」の重要性が指摘されています。
 一瞬一瞬の自分の知覚、思考、行動、心の流れに、ひとつひとつ気づいて、確認をすることによって、今のこの瞬間に意識を集中し、余計な思考や妄想を止める、それによって、自分の考え方のパターン、生き方が根本的に変わって行くというものです。
 私達は、ともすると日常の生活に漫然と流されてしまっていて、この1日のこの瞬間を、この1回の食事のこの瞬間をしみじみと深く味わうことがなくなっています。毎日のこの瞬間瞬間に小さな「気づき」を重ねて行けたら、「気づき」の連続であったらば、毎日が、そして一生が楽しいものとなるでしょう。
 人生は、今を味わうことです。

110. 映画への旅(12) (2015.11.03)

1.「ぼくらの家路」
 今日は清々しい秋晴れ。二ノ丸公園を散策しながらデンキカンへ出掛けていると、七五三を祝う晴着を着た可愛らしい子供と、お洒落をした父親と母親の家族に、次々に出会いました。喜びに満ちた晴れやかな顔で、加藤神社へと向かって行きます。子供の健やかな成長を喜ぶ、幸せな家族の光景を眺めた後で観た映画が、「ぼくらの家路」でした。
 10歳と6歳の兄弟が、突然行方不明になった母を探して歩く3日間を、ドキュメンタリーかと錯覚するほどのリアルさで描いた物語です。
 シングルマザーの母は精神的にまだ幼く未熟で、次々に男性と恋をしては、子育てよりも恋人と過ごす時間を楽しみ優先させます。ある日、母親は部屋の鍵を持出して姿をくらましてしまいます。子供達は部屋に入ることが出来ず途方にくれます。お金もありません。子供達は、母親が立寄りそうなバーや母親の友人、そして元恋人にまで会いに行きます。夜遅くまで、クタクタになるまで母親を探し回りますが見つかりません。深夜、子供達は疲れ切って廃車の中で隠れて寝泊りをします。子供達は、母親が自分達を裏切るはずがないと信じ切っているので、必死になり、一生懸命探し出そうとします。決して、探すことを諦めようとはしません。  
 母親は行方をくらましてから3日後に帰宅します。新しい恋人とのバカンスを楽しんでいたらしく、浮かれた様子で笑顔で帰宅します。育児放棄をしていたというのに、何ら罪悪感を感じていない様子の無責任な母親です。
 映画のラストで少年は、3日間も子供達を放置していたというのに、何ら悪びれた様子もなく姿を現した母親を、鋭い眼差しで見つめ続けます。そして、自分と弟の将来にとってベストな選択(養護施設で生活する)を、自らの意思で決断し、実行するのです。
 映画を観た後、七五三の幸せな光景が甦り、あまりにも切なくて、胸が痛くなる映画だったので複雑な気持ちでした。でも、少年の決断はおそらく正しいのだろうと思うと、少しは救われる思いのする映画でもありました。

2.「カプチーノはお熱いうちに」
 映画のタイトルが、定番のありふれた恋愛映画を想像させたので、観るのを躊躇っていたのですが、観てみると最近観た映画の中ではピカイチの作品でした。 
 1組の男女の愛を中心とした13年間を描いています。若い頃の燃えるような愛が、時間の経過や状況の変化によって、慈悲のような深い愛情に変化して行く様子が、とても感動的です。また、主人公だけでなく友人や家族、入院先の病院の同室の女性に至るまで、登場人物全員の人物描写が人間味豊かで魅力的です。
 主人公のエレナは、美人で聡明で仕事もできて、人柄も素晴らしい女性です。そんなエレナが愛したアントニオは、知性の感じられないマッチョで野性的な男性です。周囲からは不釣合と言われたのに、なぜ二人は強く惹かれ合ったのか?私は、二人が見つめ合う時の眼差しの強さが決め手だと思いました。二人の心の奥深い部分が、とても強く触れ合っているように感じたのです。
 エレナは、アントニオと結婚して幸せな家庭を築き、仕事も順調だったある日、突然、病魔に侵されます。エレナの病状は日毎に深刻さを益して行きます。
 病室でエレナとアントニオは、お互いを長い時間見つめ合います。そして、エレナはアントニオに、「私はあなたのことをよく知っている。」、「私達の愛がどんなに深いか、私達だけが知っている。」と言います。二人の心がひとつに溶け合って、大きな愛へと昇華して行くように感じられました。見ていて思わずぐっときてしまいました。
 映画後半のエレナの過酷な入院生活を、ユーモアや優しさが溢れた温かなタッチで描いているのも、とても好感が持てました。
 映画のラスト、エレナの病状が益々悪くなることを予感させつつ、素敵な手法で場面は変わります。エレナのこれまでの人生を、まるでキラキラと輝く宝石を散りばめるかのようにして、走馬灯のように一気に見せます。何とも心憎い見事な展開に感心し、心を奪われました。映画全体の根底に流れているのは、全ての人間に対するあたたかな優しい眼差しのように感じました。映画を観ている間中、ずっと心地よさを感じました。観終わってからも深い余韻の残る、愛すべき作品です。
 お薦めの作品ですが、11月6日までの上映なのが、残念でなりません。
(事務局:hakko)

109. 感謝! (2015.10.28)

 今日午前中事務所で仕事をしていると、前後してお2人の訪問者がありました。

  1人目は郡部にお住いのKさんで、7年前位に事件を担当し終了していたのですが、今日は事務スタッフの分も含めてたくさんのおみやげを持参して、あらためてお礼のご挨拶に見えられました。7年も前に事件は終わっているのに、また私の事を思い出して頂いてわざわざご挨拶のために訪問して頂けることは幸いなことです。事務所に上がって頂いて暫くお話しをしましたが、今は事案も解決して安心して暮らしておられて、ゴルフをするのを楽しみにされているとのことでした。帰り際には、「先生が元気でよかった!」とおしゃって下さいました。

  2人目は、にこやかな笑顔で現れたSさんで、Sさんは折にふれて季節の地元の名産品を届けてご挨拶に来られます。ひとしきり近況などについてお話しをしましたが、相変わらずの笑顔で、こちらの方が心が癒されます。写真撮影に行く時によくご自宅の前を通るので「今度家に寄りますね。」と言って、お別れをしました。

  毎日仕事で忙しくしていますが、今日のような出来事があると、ほっと心が温まって、また仕事に力を尽くそうと思いました。

108. 豊穣な秋の味覚 (2015.10.24)

 毎週末、封切されたばかりの映画を2本ほど連続で観るのが、私にとっての至福の時間です。今日は映画を観た後、デンキカンカフェで和菓子が頂けるというスペシャルな日でした。
 笑顔が素敵な和菓子職人のかおりさんが、注文を受けてからその場で「栗きんとん」を作られました。栗を少し荒目に裏漉して、空気を含ませるようにふんわりと優しく手際よく餡玉に栗を纏わせます。作りたての和菓子を食べるのは、初めての経験です。栗のほのかな香り、口に含んだ時の優しい口どけと味わい、今が旬の栗の美味しさを堪能しました。

 原材料を厳選し心を尽くして丁寧に作られている和菓子と、和菓子の味を際立たせるよう特別にチョイスされたコーヒーとの絶妙なハーモニーは味わい深く、いい時間を過ごさせて頂きました。
お二人の職人さん達に、感謝!!
(事務局:hakko)

107. 弁護士のメンタルヘルス (2015.10.22)

1.先日、日弁連から「弁護士のためのメンタルヘルス」のパンフレットが送られて来ました。最近は一般的にも新型うつなどで悩みの中におられる方が増えていると言われていますが、日弁連がこのようなパンフレットを配布するということは、弁護士の中にも仕事上のストレスに晒されて深い悩みの中にいる人が増えているということでしょう。
 確かに私達弁護士の仕事は、様々な紛争を解決、調整して世の中の調和を図って行く仕事ですから、相手方、依頼者、第三者の様々な利害と感情が対立する中で重要な判断や交渉をして行かなければならず、ストレスを受ける場面が多いことは事実です。
 今回のパンフレットには、その対処法としては、規則正しい生活、日常生活の見直し、趣味でストレス発散、人と話す、身体を動かす習慣、周りと相談する、仕事の仕方や考え方を工夫するなどということが書かれています。

2.確かにそれはその通りなのでしょうが、私はちょっと違うなと思います。そんな小手先のことではないでしょう。最も大事で本質的なことは、自分の存在意味を確認して覚悟を持って生きるということでしょう。
 ①私達人間は、地球46億年の長い時間と歴史の因果の中で存在している貴重な存在であること、そしてその存在はほんの僅かの限られた時間であること、②そんな中で、人は他人の物語ではなく、自分なりの物語を作って生きて行くしかないこと、③生きて行く上では悩みと試行錯誤は当り前のことで、迷いながら悩みながらも前を向いて一歩踏み出すこと、④幸不幸は人間の概念が作り出した虚構であり、本来この世界は評価のない世界であること、だから何ものにも捉われる必要はないこと、⑤人生を見切って、いつ死んでもいいよと言う覚悟を持って、なおかつ最後は「なるようになるさ」という大らかな気持ちも併せ持って生きること、⑥そして、最後はニッコリ笑って死んで行こうと思うこと、そんなことの方が大切だろうと思います。
 結局、私達人間の永遠の課題である「何のためにこの世界に存在しているのか」、ということについて、正面から向き合って、そしてそれを長い時間かけて問い続けて行くしかないと思います。

  年齢を重ねてくると、もうかなりのことは体験して来たので、若い時のような不安や悩みというのは確実に少なくなって来ると思います。時が解決してくれるさというのも、ある意味では真実だろうと思います。
 とはいえ、毎日の心掛けも大事なので、私は毎日の仕事でストレスに染まらないよう、朝、鏡に向かってニッコリ笑って、仕事に出掛けています。
 今日も、この世の中を少しでも調和のある世界にして行こうと。

106. ウルトラ警備隊に変身! (2015.10.21)

 最近は3Dプリンター技術の発展によって、精巧な造形が可能となっています。熊本市内の写真屋さんでも、自分の全身像を撮影すると、高さ20㎝位の3D立体人形が出来上がるサービスがあって、価格は3万円位だそうです。

 先日の東京出張の際に通り掛かると3Dプリンター人形のデモンストレーションをやっていましたので、これは面白そうだなと思って、顔写真を撮って貰って、製作を注文しました。簡単なものですので、3Dプリンターで実際に造作をするのは自分の顔の部分だけで、髪や服装などはパソコン内から既製のパターンから選ぶものでした。最初はスーツ姿にしようと思いましたが、髪型がいいのがなかったので、ウルトラセブンの警備隊にしてみました。

 今日、その完成品が郵送されて来ました。開けてみると、ビックリ!!精密に自分の顔が再現されていて、感心しました。今の技術はすごいものです。これなら明るいミニ立像として、自分の死後にも家族が楽しめそうです。
 ここまで3Dプリンターの技術が発展すると、例えば彫刻などの立体表現の分野にも革新的な変化が起きるだろうと思います。いや、立体表現の分野にとどまらず、それよりももっと幅広く、世の中全体を大きく、革新的に変えて行くだろうと思います。今後の展開が楽しみな技術です。

105. 「熊本羅針」11月号の表紙 (2015.10.21)

 熊本県中小企業家同友会の会報誌「熊本羅針」の平成27年11月号の表紙に、私の写真が掲載されました。
 写真のタイトルは「時の海」です。

 この写真は、時の流れを表現したものです。
 裏表紙の解説は次のとおりです。
 「押し寄せては流れゆく時の波。
  その力は圧倒的だ。
  時とどう向かい合うかは、人生の一つの課題だ。」

104.  ミスティックガーデンマム (2015.10.20)

 毎秋、楽しみにしている「マム」が登場しました。
  大きなマムは「ミスティックガーデンマム」で、小さなマムは「ベルギーマム」です。
 「ミスティックガーデンマム」は、甘さが感じられ深みのあるローズ色です。ローズ色のマムは、街の花屋さんでもめったに見掛けることはありませんので、大変貴重だと思います。こんもりとしたドーム状なので、華やかで強烈な存在感が感じられます。
 「ベルギーマム」はまだ蕾の状態なのでとても愛らしくて、素敵なアクセントになっています。

  本格的な秋のガーデンのシンボルとして、みなさんに愛され楽しんで頂けますようにと願っています。
(事務局:hakko)

103. 世界最高のコーヒー「コピ・ルワク」 (2015.10.17)
 私はコーヒーを飲みながら映画を観るのが好きです。
 特に、デンキカンに併設されているカフェのコーヒーがお気に入りです。
 先週、デンキカン・カフェのオーナーから「限定10杯のコピ・ルワクがあります。」とお誘いを受けたので予約をして、今日は映画を観終わってから「コピ・ルワク」を頂きました。
 コピ・ルワクは、2008年に公開された映画「最高の人生の見つけ方」の中で主人公がお気に入りのコーヒーとして登場します。この映画は、主人公の大富豪の実業家(ジャック・ニコルソン)が末期癌で余命6ヶ月の宣告を受け、死ぬまでにやりたかった「棺桶リスト」を作成し、死の間際に人生を見つめ直すという映画です。
 
 コピ・ルワクは、マレージャコウネコが食べたコーヒーチェリーの未消化のコーヒー豆を洗浄したものです。胃液と消化酵素、腸内細菌による発酵によって独特で複雑な香味があります。希少価値があり幻のコーヒーとも言われています。東京の帝国ホテルやリッツカールトンでは、コーヒー1杯が5,000円以上もするそうです。デンキカン・カフェのオーナーは、採算度外視で常連さんだけに特別価格で提供されているそうです。
 手回しのミルで丁寧に豆を挽き、全神経を集中して優しくお湯を注ぎ、驚くほどの時間をかけてじっくりと抽出して行きます。コーヒーを飲む前には炭酸水を少しだけ飲むことを勧められました。厳選されたこだわりの美しいコーヒーカップに注がれた世界最高と称されるコーヒーは、苦みがなくとても飲みやすく仄かな甘みが感じられました。飲み終えてしまうことが惜しくて、ゆっくり時間をかけて味わいました。飲んだ後何時間経っても、身体中にコーヒーの深い香りが漂っていました。まるで上質な映画を観た後のような、深い余韻にいつまでも浸っていることが出来て幸せな気分でした。一度は味わってみる価値のあるコーヒーだと思いました。
(事務局:hakko)
102.  しばしのお別れ (2015.10.16)
 事務スタッフが来週からしばらくの間産休に入るので、日本料理「とみた」で食事会が開催されました。
 広々した個室で寛ぎながら、創意工夫に溢れ季節感が感じられる美しい盛付けの美味しいお料理の数々に、スタッフ全員から思わず感嘆の声が上がりました。「とみた」のご主人は、日頃から向上心に溢れ勉強熱心な料理人の方なので、訪れるたびに感動を与えて頂けます。
 もうじきお母さんになるスタッフの安産を祈願して、来年の産休明けに再会できる日を楽しみに待ちたいと思います。
(事務局hakko)
101. 弁護士会ADRの現状 (2015.10.15)

1.平成26年度の「仲裁ADR統計年報」を入手しました。
 全国の弁護士会のADRセンターの申立件数は990件で、応諾率は
は71%、解決率は52.9%となっています。
 申立件数が多いのは、①大阪(総合)172件 ②愛知159件 ③仙台113件 ④東京108件 ⑤第二東京83件 ⑥岡山41件 ⑦京都41件 ⑧第一東京36件 ⑨和歌山22件 ⑩札幌19件 ⑪天神18件などです。東京3会は人口や弁護士数からすると、まだまだあと10倍位の申立件数が増えても良いと思います。優等生だった愛知や岡山がこのところ件数が減少しているようです。仙台は相変わらずの活躍ぶりです。熊本県弁護士会は、広告に力を入れていた頃は年間18件の年もありましたが、昨年度は僅か5件に留まってしまい、担当者としては運営方法について反省をしているところです。
 事案としては、申立で多い順に不法行為、その他の契約、請負契約、不動産賃貸借、家族関係、職場関係、相隣関係、不動産売買などとなっています。紛争の規模としては、30万円以下が24.1%、30~100万円が29.9%、100~300万円が26.2%、300~1000万円が14.4%、1000万以上5.4%となっています。解決事件の審理期間は約132日、審理回数は3.2回となっています。

2.また、弁護士会ADRについては、全国の12弁護士会で「医療ADR」が設置されて紛争解決に実績をあげています。
 また、金融商品取引法の改正により金融機関は「金融ADR」との連携が必要になりましたので、金融機関と全国の弁護士会ADRとの間で金融ADRに関する協定書が締結されています。熊本県弁護士会ADRもJAバンク、九州信用金庫協会と協定書を締結しています。
 最も活躍しているのは、東京3会の仲裁センター等を中心に政府の「原子力ADR」の活動に協力している点で、平成27年7月現在で280名いる仲介委員の9割は弁護士で、186名の調査官もほぼ東京3会の弁護士です。そして、原発ADRの申立件数はこれまでに約17,140件で、うち解決が14,224件、未済は2,916件で、申立件数はまだ毎月400~500件あります。ここでは、裁判所が十分に紛争解決の役割を果たせていない中で、弁護士が中心となって多くの案件の紛争を解決しています。
 さらに、ハーグ条約(国際的な子の奪取の民事上の側面に関する条約)にもとづく国際家事調停については、東京、大阪、沖縄の裁判所で行われる制度ができましたが、弁護士会ADRも、外務省の補助を受けて、東京3会、大阪、沖縄で「国際家事ADR」を実施しています。ただ、今回の日弁連ADRセンターの報告によると、まだ数件の利用に留まっているようです。

3.熊本県弁護士会ADR(調停)でも、今後はまた広報活動に力を入れて会員への制度の周知と利用促進を図って行いたいと思います。

100. 太陽に向かって (2015.10.15)
 事務所のガーデンに、白い花が次々に咲き出しました。「マンデビラ」という花で、別名「サマードレス」ともいいます。
  太陽の方向に向ってつるがかなり伸びるので、つるを自由に絡ませて立体的にしてしてみました。つるの先で純白の花が優雅に優しく揺れている姿はとても魅力的です。
「マンデビラ」の花言葉は、つるが互いにしっかり絡み付いて花を咲かせることから堅い友情、「サマードレス」は歓喜や繊細だそうです。
  穏やかな秋の陽射しの中で夏の名残を感じながら、花が落ちてしまうまでのあと少しの日々を愛おしみたいと思います。
(事務局hakko)
99. 映画への旅(11) (2015.10.14)

1.「ナイトクローラー」
 「ナイトクローラー」とは、ロサンゼルス夜の街を徘徊して、交通事故や殺人事件現場の刺激的な映像を貪欲に生々しく撮影して、テレビ局に高値で売って稼ぐ報道(スクープ)専門パパラッチの通称です。
 元々脚本家出身ののギルロイ監督が、完全なリアリズムを目指して途方もない量のリサーチを重ねたという脚本だけあって、非常に緻密でパワーがあり見事だと思いました。常に緊張が漲った的確な演出も素晴らしいと思いました。 ストーリーは、ダークヒーローのサクセスストリーという、今まで観たことがないタイプの映画でした。主人公を演じたダン・ギルロイは演技派として評価が高い俳優ですが、役作りのためにかなり体重を落としたそうで、異常なほどギラギラした瞳がより一層狂気と恐怖を感じさせました。
  また、スクープの競争に打ち勝つためなら何でもやってしまう人間の狂気が非常にリアルに描かれているので、観ている私もまるで事故現場を目撃しているかのようなドキドキ感がありました。

  ギルロイ監督が実際に何人かのナイトクローラ―に会ったところ、彼等の多くが睡眠障害だったり夜行性であったりと、戦場の兵士や救急隊員と同じようなアドレナリンのほとばしりを感じたそうです。そしてあたかもそんな興奮状態の中毒になっているようだったとのことで、人間性の深い闇を見る思いでした。

 
2.「ふたつの名前を持つ少年」
  原題は「RUN BOY RUN」(走れ、走って逃げろ)。
 第2次世界大戦時、8歳のユダヤ人少年が、ポーランドのユダヤ人強制居住区から2度に亘り脱走し、たった1人で終戦までの3年間を生き抜いたという驚くべき実話の物語です。
 主人公の少年は700人のオーデションから選ばれた双子の兄弟で、双子の兄弟の性格が外交的と内向的に分かれていたのを、シーンによってうまく演じ分けています。私は双子が演じていることを知らなかったので、何て感情表現が豊かな少年なのだろう、まさしく天才子役だ、と感心しながら映画を観ていました。映画を観終わってから性格の違う双子が演じ分けていたことを知り、なるほどと深く納得しました。 
 少年は脱走後して森へ逃げ、飢えと寒さに震えながら寝床と食べ物を求め、どんなに過酷な運命に出逢っても決して生きることを諦めません。少年に次々と襲い掛かる想像を絶する不幸の連続に胸が締め付けられました。そして「どうしてこんなにも過酷な状況で、少年は生き抜こうとする強い心を持ち続けることができたのだろうか。」と思いましたが、その答えは映画のラスト間際に明かされるのです。 少年の父は少年に「絶対に生きろ!」と言い残して、我が身を犠牲にして少年を助けるのです。少年は自らの命を犠牲にした父のためにも、何として生き抜かなければいけなかったのです。最後に明かされた真実に強く胸を打たれました。
 
  映画のラストには、映画のモデルとなられた方とそのご家族が幸せそうに海辺で過ごす現在の様子が映し出されました。終戦後ご苦労を重ねながらも幸せな日々を過ごされていることを知り、心からうれしく思いました。本当に観てよかったと心から思える映画でした。
(事務局:hakko)

98. 情熱の光はどこに (2015.10.06)

 福岡アジア美術館の市民ギャラリーで、山岳写真の栗元文雄さんが「山々燦々」と題して写真展を開催されていますので、出掛けてみました。
 栗元さんとは、以前栗元さんが熊本県立美術館分館で写真展をされた時に、いい作品ばかりだったので、会場で私の方からお声を掛けて知り合いとなりました。その後、栗元さんが私の同館での写真展へ来て下さったり、私の方が栗元さんの福岡での写真展に出掛けたりしていました。私の写真ブログも見て頂いているそうです。

 今回の写真展では、Bゼロクラスの大伸ばしの額装した作品が数多く展示されていました。まず、この準備費用だけでもかなり多額なもので、おそらく100万円を超えているものと思われ、感心しました。
 内容的にも、開聞岳、桜島、霧島、阿蘇、大崩山、久住、由布岳等々、九州の名峰がそれぞれいい視点で撮られています。私が知らない山の知らない場面もありました。上の案内のハガキの写真は、宮崎の比叡山のロッククライミングの写真で、こんな光景があることは初めて知りました。
 そして、何よりも感心するのは、やはりその情熱の凄さです。久住の厳冬時の写真がありましたが、雪の降る厳冬期に4日間も現地でキャンプを張ったそうです。しかも、写真機材の外に食料や水、そしてキャンプ装備と荷物が多くなる関係で、また別に荷揚げをやったというのですから、これはもう驚きです。私には厳冬期に久住の真下で4日間もキャンプをしようという発想はありません。まず、その意気込み、情熱で、圧倒的に敵いません。それだけでもう完敗、そう感じました。
 思えば、私も写真を始めた頃は、朝も明けない午前3時、4時からあちこちに出掛けて、暗くなるまで、時には夜通しで、一心不乱に、何もかも忘れて、覚悟を決めて写真と山に集中していました。時が経つうちに、いつしか、その覚悟と情熱もゆっくりと溶け出していたようです。こんなことではいけない! 初心に帰ろう。日々の暮らしの中で何が大切なのか、考えて行動しよう。そんなことを強く思ったひとときでした。
 人間は、機会あるごとに思い返さないと、大切なものを忘れて、日々の惰性に流されてしまいます。二週続けて同じようなことを感じる機会があったということは、誰かが「目覚めなさい」と言っているのかもしれません。

97.「なんだ、これは!」 (2015.09.30)

 私は岡本太郎氏が好きです。絵や立体等の作品よりも、その発する、本質的な強烈な言葉が。
 先週の週末は関係している会社の株主総会に出席するために東京に出張しましたので、帰りに川崎市の岡本太郎美術館を訪ねてみました。生田緑地のメタセコイヤの静かな森を抜けて行くと、いい雰囲気の美術館が自然の中に佇んでいました。

 館内では多くの作品をじっくりと鑑賞しましたが、やはり岡本氏の言葉は強烈です。
・つねに死の予感に戦慄する。だが死に対面した時にこそ、生の歓喜がぞくぞくわきあがるのだ。
 血を流しながらニッコリ笑おう。
・つねに何かに挑み、激しくぶつかることが人生である。このような生き方を遊びという。
 血を流してニッコリ笑っている。それが、いのちがけの僕の遊びさ。
・おおらかに遊ぼう。真剣に、命懸けで。まさに、人生、即、無条件な遊び、つまり芸術なのだ。
・ 全宇宙をしょって生きているんだ。
  瞬間瞬間が絶対。瞬間瞬間に生きる。
  何の目的もなく全宇宙にワァーと叫ぶ。
  純粋で誇り高い生命の躍動。
・芸術ってのは判断を超えて、「なんだ、これは!」というものだけが本物なんだ。
・幾つになっても、幼児のような眼と、情熱、遊び心を失いたくない。
・芸術はうまくあってはならない。美しくあってはならない、人の目を意識してはいけない。
・どうして芸術なんかやるのか。創らなければ、世界はあまりにも退屈だから創るんだ。
  イマジネーションによって、宇宙と遊ぶのだ。

  館内には「なんだ、これは!」と叫ぶ岡本氏の肉声メッセージがずっと流され続けていました。その言葉の響きは強烈な印象で、今回一番心に残りました。
 私はハッとしました。思わず「なんだ これは!」と叫ぶ、アッと驚く、そんな見たこともないような表現・・。自分は全くできていない。写真を始めて14年、未だにどこかで見たことのある写真表現しかできていないな。むしろ、こざかしい小さな表現になっていないか。大ナタを振るような本質的で斬新な表現・・・。道は遠いけれど、自分も更に志を持って挑戦してみようと思い直した機会でした。
 こうして作品から言葉から「生きるメッセージ」を受け取れることは、幸せなことです。

96. あなたと一緒なら心がやわらぐ (2015.09.29)

 もうじき10月。花屋さんには秋の花がたくさん並んでいました。
「ミニチュア」は、ペチュニアを小さくしたような感じで、優しい色合いの可愛い花です。花言葉は「あなたと一緒なら心がやわらぐ」、「心のやすらぎ」。素敵な花言葉を想いながら、あらためて花を眺めてみるのもいいものです。
  「ムラサキルーシャン」は、別名「リンゴアザミ」。
花屋さんのスタッフの方から「葉っぱを手で擦ってみて、匂いを嗅いでみて下さい。」と言われました。微かにですが、甘酸っぱいリンゴの香りがしました。心の中に、一瞬、爽やかな風がフワッと吹いたような、清々しい感じがしました。

   秋のガーデンは甘く優しく、そして、爽やかさが感じられますようにとの願いを込めました。
(事務局:hakko)

95.  「熊本羅針」10月号の表紙 (2015.09.24)

 熊本県中小企業家同友会の会報誌「熊本羅針」の平成27年10月号の表紙に、私の写真が掲載されました。
 写真のタイトルは「静寂の中のはばたき」です。

  裏表紙の解説は次のとおりです。
「秋の日の静寂の中で、カモがはばたく。
 昨日も、今日も、明日ということもなくて、
 考えるということもなくて、
 今、この時に、無心にはばたいている。」

94. 「生きる」夏 (2015.09.23)

 女優の黒木瞳さんが新聞にエッセーを連載されていますが、毎回なかなか感性豊かでいい内容です。先日は、このブログNO.29でも書いた黒澤明監督の映画「生きる」について書かれていました。

 「うだつのあがらない市役所の課長が自分の余命を知って初めて、命というものに向き合い、自分の残りの人生を生きようとした物語だ。」、「不幸は人間に本当の真理を教える。人生に対する目を開かせる。」、「普通に暮らしている日々が、課長にとっては本当に生きていなかったのだ。何のために生まれたかではなく、何のために生きているのか、そのことにやっと向き合えたのだ。人の、普遍のテーマを感じた。」と、大切なことを感じ取られています。そのうえで、今年の夏はご自身が初めて映画監督に挑戦して、充実した「生きる」夏になったと結ばれています。いい文章です。

 毎日、何となく生きていないだろうか。この毎日を「生きている」だろうか。今年の夏は「生きた」かな?と、あらためて色々と考えてみました。
 時々心を留めていないと、日常に流されてしまいます。

93.お休みのお知らせ (2015.09.19)
 平成27年9月19日(土)~9月23日(水)まで、
シルバーウイ-クで事務所はお休みさせて頂きます。
92.青春の宿 (2015.09.12)

 今朝新聞を読んでいると、歌手の「菅原やすのりさん」のお別れ会の記事が小さく載っていました。急性の白血病だったそうです。そうか亡くなられたのかと思うと共に、数十年前の青春の記憶が甦りました。

 私は当時早稲田大の二年生で、お金を貯めて片倉シルク社のサイクリング車を買い、夏休みにこの自転車で山陰地方を実家のある熊本までの自転車旅行をしていました。東京から京都を過ぎた兵庫県の余部までは夜行の鈍行列車等で輪行し、ここで自転車を組み立てて、その後は国道9号線に沿って、余部ー鳥取ー大山(だいせん)ー松江ー出雲ー益田ー萩ー秋吉台ー北九州ー熊本と下る9泊10日位の旅でした。
 宿泊は当時は学生がよく利用していたユースホステルに泊まっていましたが、山口県萩市では空いていなくて、相部屋の民宿に泊まることになりました。相部屋は主に学生5~6人位だったと思いますが、その中に当時は早稲田大の建築科の大学院博士課程におられた菅原さんがおられました。当時はおそらく28、29歳で私達よりかなり年長で、自分は「歌う建築歌」になるんだ、歌で世界を平和にしたいと仰っていました。そして、その時に言われたことは今でも覚えていますが、「自分は5年毎の目標を立てて生きている。」ということと、「迷った時には、子供の頃の純な気持ちの自分だったらどう考えるかと思って決めることにしている。」ということでした。どんな話しの流れから出て来たのかはもう覚えていませんが、まだ若くて人生経験のない私は、力強く熱い思いを語られる菅原さんの話しを感心して聞いていました。
 その後10年位過ぎた頃からでしょうか、菅原さんが度々テレビの番組に出られるようになって、「四季の歌」などで有名になられ、本当に「歌う建築家」になられたんだと思って、心の中で応援をしていました。最近はテレビでは余りお見かけしませんでしたが、歌の親善大使として世界80カ国以上で平和コンサートを開くなどされていたようで、若い頃の志そのままに人生を全うされたのは、本当に立派なことだと思います。
 青春の頃の本当に一瞬の出逢いですが、長く心に残っている大切な出逢いはあるものです。

 そんなことを考えているうちに、そう言えばその時の自転車旅行のアルバムがあったなと思って探して来て、何10年振りでアルバムを開いてみました。
 旅の行程計画書や切符、ユースホステルの領収書、どこかで摘んだ草花なども残っていました。写真は、当時の使い捨てカメラで撮った、もう色がかなり褪せた写真が50枚以上整理してありました。そこには、長髪でTシャツと短パンを履いて自転車で旅をしている、当時の若々しい自分の姿が写っていました。この頃は、まだ人生の具体的な目標もなくて、人と出逢い、本を読んで、考え、色々と模索している時期でした。自転車で長い旅に出たのも、新しい体験をして、自分の殻を破って行こうとするひとつの過程だったと思います。旅先で出逢った色々な人達と一緒に写っています。写真の一つ一つに当時のきつかったけれども、楽しかった想い出が甦って来ます。私にとっては、自分の殻を破っていく契機となった大切な旅でした。
 私が年を重ねたからでしょうか、若さが輝いて見えます。楽しくエネルギーが溢れているような…。模索はしていて不安だけれども、それでも毎日が楽しいみたいな…、何も考えなくて楽しいみたいな…。あぁ、そんな時があったんだな…。今はもう随分遠くに来てしまったなぁ…。
 人は今を生きるしかありませんが、こんな若い時代のアルバムも自分が忘れていたものを思い出させてくれました。古いアルバムを見る機会は余りありませんが、たまには振り返って何かを感じてみるのもいいものです。

91. 弁護士保険の普及 (2015.09.10)

 弁護士保険(権利保護保険)については、現状では交通事故を対象とする「弁護士特約保険」はある程度普及していて、私も日常的にかなりの件数の弁護士特約案件を担当させて頂いているところですが、今月の日弁連ニュースによると、大手損保の損保ジャパン日本興亜が、一般民事事件に関する法的紛争を補償対象にした弁護士保険を販売することになったようです。

 もっとも、今回の商品は、企業等を契約者とする団体契約の保険の特約で、団体の構成員が加入することになり、個人には販売されず、弁護士費用も10%は自己負担となるなど、限定的な面はあるようです。

  しかしながら、紛争やトラブルが発生して弁護士に解決を依頼する時に、やはり気になるのは弁護士費用ですから、これが自分で負担する必要がなくなり保険でカバーされるという損保商品がもっと普及すれば、医療保険で容易に医療が受けられるように、弁護士の利用が容易になって、司法アクセスが充実することになりますので、弁護士保険の今後益々の普及発展が期待されるところです。

90. 寂しさを抱きしめて (2015.09.10)

 今日朝刊のうちの1つを読んでいると、A新聞の編集委員の稲垣えみ子さんが「寂しさを抱きしめて」と題して、最後のコラムを書いておられました。
 この方は、今どきの新聞社の人とは思えないアフロヘア―で、コラムの内容も「電気がない生活の実践」などプライベートなことと自分の実感を大事にして、そこから本質的な視点を書き起こしておられたので、私はユニークで好きなコラムでしたが、一方では編集委員がこんなんで・・とかなりの反発やバッシングもあったようです。

 今回、人生の後半戦をどう過ごすかを自分なりに考えて、50歳で会社人生に区切りをつけて人生の再出発をされることになったようですが、自分の記者生活を振り返って次のように感想を述べられています。「痛感したのは何が正しいなんて分からないということです。みんなその中を悩みながら生きている。だから苦しさを共有するコミュニケーションが必要なのです。なのに分からないのに分かったような図式に当てはめて、もっともらしい記事を書いてこなかったか。不完全でいい、肝心なのは心底悩み苦しむことではなかったか。」。自分はマスコミにいながら本当のコミュニケーションをしてこなかったかもしれないという自省の思いを書かれています。
 このことは、私達一般の生き方や思考方法にも言えることだと思います。とても考えさせられる指摘です。

 コラムの最後では、新聞の世界を離れる寂しさはあるけれども、「でも、寂しさを抱きしめて生きていこうと思います。きっと新たな出会いがあると信じて。」と結ばれています。いいですね、寂しさを抱き締めて生きていく。
 この方ならきっとまた別の場所で活躍されることでしょう。ユニークな活動を楽しみにしています。

89. Love me (2015.09.09)

 朝夕の涼しさに、少しずつ秋めいて来たことを感じます。
 事務所のガーデンは、夏の間は陽射しが強過ぎるので観葉植物だけの寂しいガーデンでしたが、ここ数日、日中の陽射しが和らいできましたので、秋の気配が感じられるガーデンに模様替えをしました。

 初秋のガーデンの主役は、「クリスマスベゴニア」とも呼ばれる「Love me」です。小さな可愛らしいピンク色の小花が、ハート形の葉の間から溢れんばかりに咲き乱れています。花言葉は、「貴方について行く」、「思いやり」、「永遠の栄え」など、どれも素敵な想いが込められています。
 夏の疲れた心と体を癒す不思議なパワーのある魅力的な花です。 

 花の名前「Love me」のように事務所を訪れる方々やご近所の方々にも愛して頂けるよう、愛おしみながら大切に育てたいと思います。
(事務局:hakko)

88. 突然の訪問者 (2015.09.07)

 今日事務所で仕事をしていると、2組の突然の訪問者がありました。

1.1組目は、2日前に結婚式を挙げられたK弁護士ご夫妻で、ご丁寧にも披露宴出席への御礼のご挨拶に見えられました。「二人で明るい家庭を築いて下さい。」と更に祝福をしました。

2.驚いたのは、2組目でした。
 午後、法律相談をしていると、スタッフが「来客です。」と言って知らせに来ました。相談を中断して玄関に行ってみると、何と事務所ブログNO.85の「最高の夏」で書いたキャニオニングの時の若いカップルが訪ねて来てくれていて、笑顔で待っていました。
  私は住所も連絡先も正確な名前も教えていませんでしたので、「えっ?何でここが分かったの?」と驚いて尋ねると、「京町の坂本さんでネットで調べたらすぐ分かりました。」と言って、私が写っているキャニオニングやラフティングの写真を約50枚もフォトアルバムに入れて持って来てくれました。私が「カメラを水中に落として失くしてしまってがっかりしていたので、きっとDVDも買わずに帰ってしまったのだろうと思って、DVDの映像を写真に落として持って来ました。」ということでした。何という心優しい、気の利いた心遣いでしょう! これはもう感激もので、本当にありがたいことだと思います。

 人の縁とは不思議なもので、私がカメラを水中で失くさなければ繋がらなかった縁でした。こんなことでも繋がり広がって行くんだなぁと、しきりに感心しました。 
 お礼を言って、二人とひとしきり話しをした後は、写真ブログなどをプリントアウトして渡し、2人の住所と名前を聞いて、「今後もよろしくお願いします。」ということでお別れしました。
 若い人の思いやりの心を感じて、本当に爽やかで温かなひとときでした。

87. 司法研修所の同窓会 (2015.09.06)

 9月5日の夜は、福岡市で、最高裁司法研修所の卒業30周年の集まりがありましたので、参加しました。
 私はこの日は夕方からの熊本での結婚披露宴に参加して、その後新幹線で福岡に駆け付けましたので、かなり遅れての参加となりましたが、クラス懇親会には、民裁教官や民弁教官をはじめとして、全国から弁護士と検事の約25、6名が集まりました。

 司法修習生は、私達の時には司法試験に合格した後に2年間に亘って実務的な研修をするもので、同じクラスには約50人の仲間がいました。当時は、希望と少しの不安を抱えて、何でも勉強し吸収しようと一生懸命に取組んでいました。久し振りに会う人が殆んどですが、そんな仲間ですので、仕事の話、趣味の話、健康の話などなど何気ない話しばかりでも、つい笑いが出て和みます。
 時が経つのは早いもの、もう弁護士として開業して30年目になりました。みんなの顔を見ると、みんなそんなには変わっている訳ではありませんが、それでもやはり、時の流れを感慨深げに感じる年になってしまいました。

 みんな、それぞれの場所で役割を果たしています。今回は人生の途上の一服の清涼剤。次の再会を期して、更にまた仕事に頑張ろうと感じた、いい時間でした。

86. 安全保障法案と安保条約、選挙との関係 (2015.09.05)

1.山口繁元最高裁長官が今回の集団的自衛権の行使を認める安全保障法案は法治主義、立憲主義に反するもので違憲だとの見解を示したことが注目されています。現在は一私人の立場にすぎないとはいえ、元最高裁長官までもが違憲と明言したことは重要なことだと思います。

 今回の山口氏の見解で、特に新しく注目されるのは、日米安全保障条約との関係を指摘された点です。同氏によれば、要旨「腑に落ちないのは、肝心の日米安保条約についての議論が殆んどなされていないことです。同条約5条では、日本の領土領海において攻撃があった場合には日米共同の行動をとると謳われている。米国だけが集団的自衛権を行使して日本を防御する義務を負う、実質的な片務条約です。日本が米国との関係で集団的自衛権を行使するためには、条約改正が必要で、それをしないで日本が米国を助けに行くことはできない。しかし、条約改正というフタを開けてしまえば、様々な問題が出て大変なことになる。政府はどう収拾を図るつもりなのでしょうか。」とされています。

 条約の効力は国内法である法律よりも優位にありますが、調べてみると確かに、同5条では「各締結国は、日本国の施政の下にある領域における、いずれか一方に対する武力の攻撃が、自国の平和及び安全を危うくするものであることを認め、・・・共通の危険に対処するように行動する」と規定されていますので、日本は日本の領土領海内でしか米国と共同行為はとれないことになっています。このように安保条約が実質的な片務条約だとすると、これを改正しない限り今回の安全保障法案との整合性がとれないことになる訳で、今後の論議が期待されます。

2.次に、ある弁護士グループからは、選挙との関係で別の指摘もあります。
 それは、現在の国会議員は、多くの判決が認めているように投票価値の平等に反する「違憲状態」の選挙で選ばれているもので、ただ事情判決によって選挙が無効とまではなっていないにすぎず、国民の意見を正当に代表しているものとは言えない。したがって、憲法改正手続を経て国民の意思を関与させることなくして、今の国会が今回のような国の根本的な重要政策を変更する法案を成立させることはできない、というものです。
 この考え方は、国会内では議論できないでしょうが、国民の側からみれば、もっともな考えだと思います。 

85. 最高の夏 (2015.09.05)

  8月の休みに人吉に出掛けて、午前中はキャニオニング(渓流ツァー)、午後はラフティング(川下り)をしました。参加している人は、普通は家族、カップル、友人や職場のグループですので、私のように一人で参加するとかなり珍しがられますが、両方とも初めての体験でしたので、すぐに打ち解けてワァーワァー、キャーキャーととても楽しいものでした。

  午前と午後の両方のコースに参加すると昼食も付いていて、球磨川沿いの空き地にテントが張られて、そこで野外のビュッフェ形式の昼食でした。午前中のアクティビティが楽しかったし、野外での昼食だし、心も解放されてゆったりとしていました。
  私は午前中のキャニオニングで一緒だった若いカップルと一緒に話しをしながら昼食を食べていたのですが、その時、23歳の気の利いた感じの女の子が彼に言いました。「最高の夏にしようね!」。
 ん? 最高の夏・・・?、そうか、最高の夏か。若い時はいいなぁ。ここのところ、自分は「この夏を最高の夏にしよう」なんて思ったことはなかったな・・・。仕事に追われ、毎日のルーティンに追われ、何か本当に楽しむ心を忘れていたみたいだな、大事なことも忘れていたみたい。いけない、いけない。二人が微笑んでいる姿を見て、ハッとしてそう思いました。 心に留めて、もう一度見つめ直して、今のこの時を最高に生きれるように考えなくちゃ・・・。若い人に勉強させられました。
 この日のアクティビティは、邪心のない子供の心、時を忘れる心も思い出させてくれました。

  さて、「最高の秋」、「最高の年」、「最高の人生」を目指して、挑戦してみますか。

84. あらゆる表現はN次系 (2015.09.02)

 国立競技場に続いて東京オリンピックのエンブレムも白紙撤回となりました。今回の件については、選考過程や事前の商標登録調査、修正指示、大会組織委員会の体制などの問題点が指摘されています。様々な盗用疑惑が指摘され、国民の祝福を得られないエンブレムとなってしまった以上、白紙撤回は妥当なものだったでしょう。

 すべての表現は「N次系」だと言われます。情報化された現代においては、すべての表現は既存のものの亜流であり変形物であって、本当に本質的で根源的で革新的な表現はないというものです。それは思想などについても言えることかもしれません。私も写真は勿論のこと絵画、音楽、詩、俳句、映画、そして様々なジャンルの書籍などを色々と勉強させて頂いていますが、結局どれも似たり寄ったりの表現と内容で、本当に自分の頭が衝撃を受けるような作品にはなかなか巡り会えないものです。
 特に今回の東京オリンピックのエンブレムはグラフィックデザインで、文字や形、色などの抽象的なものを用いて作成をする訳ですから、似たり寄ったりの類似作品になることはやむを得ない面もあるだろうと思います。

 ところで、今回のエンブレム問題で私が最も感じることは、何よりもまずは今回のオリンピックの基本概念やコンセプトを明確に打ち出して確立することが必要であって、それがあって初めてコンセプトを表現した素晴らしいエンブレムが出来上がるのだと思います。今回のエンブレムは、東京の「T」と「日の丸」をデザイン化しただけのものであって、そこからは情熱や夢などのシンボルとして大切なものは伝わって来ません。
 今回の根本的な問題は、大会組織委員会が今回のオリンピックへの根本的なコンセプトも決めることなく、単に図案化だけを考えたことにある思います。熱く夢のあるコンセプトなしには、いいエンブレムも生まれないと思います。

 エンブレムは今後はまた公募で作成される方向のようですが、私はむしろオリンピック招致の時に使用した美大の女子学生が作成したシンボルマークのさくらの方を使えばいいと思います。日本を象徴するさくらをリース状にデザインし、オリンピックカラーで色鮮やかに華やかに表現していました。そして、このリースには「日本に再び活気や勇気が戻って来ますように」との強い祈りが込められているそうです。デザインもいいし、コンセプトもいいのですから、IOCの規定で使えないようになっているとはいっても、むしろ何とかしてこの招致のシンボルマークをエンブレムとして採用すればよいと思います。

83.弁護士会会報の表紙写真 (2015.09.01)

 年に2回発行される熊本県弁護士会会報(第98号)の表紙に、私の写真「REAL MANDALA ー水滴の真実」が掲載されました。

 既に写真ブログにアップした写真ですが、いつもは風景の写真を提供しているので、今回は目先を変えて創作写真にしました。
  この写真は、スワロスキ-ガラス、LEDライト、雨傘、水滴などを使って、色々と工夫をし、目を向ければこの現実の世界のあらゆるところに曼荼羅
のような真実の世界が広がっていることを表現したものです。

 写真を拡大クリックをして頂くと、少しは表現意図がご理解頂けると思います。

82. 弁護士会歴代会長の声明 (2015.09.01)

 現在、安全保障法案が参議院で審議中ですが、いずれは採決され成立してしまうのでしょうか。

 安全保障法案に対しては、殆んどの憲法学者が違憲と考え、国民の多くが反対する中で、憲法改正手続をすることもなく一内閣の解釈で実質的な改憲をしようとしているとして、民主主義や立憲主義に反するとの大きな批判があります。この批判のうねりは、普段はあまり政治に関心のない人達の間にも広がり、学生をはじめとする若い人達、主婦、その他の一般市民の人達が、自分達でできることから声をあげようと全国で様々な動きが広がっています。

 熊本県弁護士会も、以上のような大きな問題点を有する安全保障法案については既に総会で反対決議をあげ、先日も集会や街頭パレードを行ってきましたが、今回は弁護士会の歴代会長有志でも反対声明を出すことになりました。私も呼びかけ人のひとりとして名前を連ねさせて頂きました。私は所用で出席できませんが、9月7日(月曜日)には弁護士会館でこの旨の記者会見も行われる予定です。
 声明の内容の要点は次のとおりです。「集団的自衛権の行使を容認する安全保障法案は、日本国憲法9条に違反するもので、憲法改正手続を経ることなく憲法規範を変更することは立憲主義にも違反します。私たち熊本県弁護士会の歴代会長は,基本的人権を擁護し、社会正義の実現を使命とする弁護士として、違憲立法である安全保障法案の廃案を求めます。」

 今回の声明の影響力は微々たるものだとは思いますが、少しでも自分達の声をあげて行動することが大事だと思います。

81. 老舗対決 Ⅱ (2015.09.01)

 食べログみたいになって恐縮ですが、引き続きうなぎの話しです。

 先週の日曜日も天気が悪かったのですが、再度人吉の渓谷とラフティングの撮影に出かけました。撮影の方は前日の雨で渓谷の流れがかなり増水していてかなり迫力があり、誤まって流れに落ちないように慎重に撮影したほどでした。

  折角また人吉に来たので、今度は前回は入れなかったUうなぎ屋さんに行ってみようと思って足を延ばしました。午後1時ころに行ってみると、この日は天気が悪かったので人出も少なかったのでしょう、行列は10人位で、しかもさほど待たないで入店することが出来ました。入店してからも比較的短い時間で注文したうな重が出て来ました。
 こちらのうな重は、ブログNO.80のSさんのうな重と違って、ご飯の上に4枚のうなぎが載っていて、ご飯の中に2枚のうなぎが入っているスタイルで、味は比較的あっさりとした味でした。値段はSさんとほぼ同じでした。
 勿論個人の好みにもよりますが、私としては時間を待たされたのが却って待ち遠しくて良かったのでしょうか、前回の方がより美味しいように感じました。

 Uうなぎ屋さんは俳人の上村占魚さんの実家ということで、仲代達也さんなどの著名人や文化人なども数多く足を運んでいるようです。箸袋には、森繁久弥さんの直筆の墨字のうなぎの絵と言葉が書いてありました。
「つかみどころがない奴だが 腹を割って焼いてみりゃ ちったぁ 味のある男」。なかなかの味のある書と内容です。
 依頼されて即興でこんな内容を書けるなんて感心してしまいます。
 さすが名優です。

80. 老舗対決 (2015.08.26)

 先週の日曜日には、人吉市にキャニオニング(渓流下り)とラフティングの撮影に行きました。人吉と言えば名物はうなぎ。久し振りに食べてみようかなと思って、食べログでも有名な老舗の「Uうなぎ屋」に行ってみようと考えて出発しました。

 昼前の撮影を終えて、もうそんなには人は多くないだろうと考えて、午後1時頃に尋ねてみましたが、店の前まで行ってみると、夏休み中ということもあって何とまだ20数名の人が行列を作って並んでいる状態でした。これではあと何時間待つのかもよく分かりませんので、諦めようとしたところ、すぐ隣りにもやはり炭火焼のうなぎ屋さんの「S」という店があって4人位の人が並んでいました。お隣同士でうなぎ屋というのも珍しいな、ライバル店かな、でも並んでいる人の数が少ないということは・・などと少し考えたりしましたが、こちらも創業100年以上の老舗らしいので、こちらに並ぶことにしました。

 炎天下の店の外で待つこと約20分、やっと入店できましたが、お客さんが多くてなかなか迅速な対応ができないのでしょう、中に入ってみると、まだ半分位のお客さんがうなぎが出来上がるのを待っている状態でした。私もうな重を注文して待つことさらに25分、やっと出て来ました。その様子は写真のとおりです。タレはやや濃い目でしたが、炭火で香ばしく、かなり待ち遠しかったので、一気に食してしまいました。

 「名物にうまいものなし」とか「名物は聞くに名高し、食うに味なし」とか言ったりしますが、名物でもやはりうまいものはうまいものです。今回は待ち遠しさが一層そう感じさせたのでしょう。こちらの店のうなぎも満足が行くものでした。
 人吉も改めて訪れてみると、球磨川下りにラフティング、温泉、うなぎに餃子、それに人吉城址や青井神社などの歴史と文化を感じさせる所も沢山あって、家族連れで過ごすには結構いい材料が揃っています。県外ナンバーの車が多いのも、頷けるところです。

79. 大型台風 (2015.08.25)

 今日の未明から午前中にかけて大型の台風15号が熊本を直撃しました。午前5時過ぎにはあまりにも強い風で、最大瞬間風速は40mを超えるところもあったと聞きますが、思わず目を覚まして外の様子を見てしまいました。今年は双子の台風が多く、それでも熊本直撃は免れていましたが、今回は16年振りの熊本直撃だったようです。

 今回の台風で最も困ったのは停電で、京町本丁は午前6時30分頃から午後2時頃位まで停電となりました。本当に珍しいことです。電気のつかない薄暗い事務所は、いつもとは違った異様な雰囲気が漂い、電話も繋がらず、勿論パソコンも使用できません。外は相変わらず強風が吹き荒れています。電気の復旧の目途も経たない中、外から入り込む微かな光だけを頼りにみんな黙々と静かに仕事をしました。
 昼食はスタッフ全員で街に出て会食をしました。途中の熊本城周辺はあちこちで木々が折れたり散乱したりしていてかなり被害が出ていましたが、繁華街は台風の影響をあまり感じさせず、商店街は殆どの店舗が営業していました。昼食後、事務所に戻りしばらくすると突然事務所内の灯りが一斉に点灯しました。みんな嬉しくて思わず声を挙げました。

 自然の力の大きさとその前での人間の存在の小ささ、そして日々の便利な暮らしのありがたさをしみじみ思った一日でした。

78. 映画への旅(10) (2015.08.25)

1.「バケモノの子」
 細田守監督の3年振りの最新作「バケモノの子」を観ました。
 細田監督の作品は、いつも一生懸命生きる人を主人公にしていますが、今回の作品は主人公の少年「久太」が「クマテツ」というバケモノの師匠と出会い、やがて絆と信頼を結び、さらに日常の時間から離れて新しい世界を知ることによって、人間としてたくましく成長して行く姿を描いています。

 久太が人間誰しもが抱える心の闇(自分は何者なのかという存在への悩み、不安、葛藤)と対峙し、窮地に陥った時、クマテツは自らの命を投げ打って久太の「胸の中の剣」となって久太を救います。クマテツは、久太の「胸の中の剣」として輝き続け、心の声で久太に語りかけ励まし続けます。姿形は見えないけれど、久太の胸の中にはクマテツがしっかり生きていて、いつも見守っていてくれるのです。
 人が人との関わりのなかで成長して行くこと、人が我が身を投げ打ってまで人を深く愛すること、そのことによって「胸の中の剣」を与えられた人間は力強く生きていけること、そんなメッセージが心に響いて深い感動を覚えました。ジブリ作品とはまた違ったとても味わい深い作品でした。

2.「アリエル王子と監視人」
 オール熊本ロケの映画「アリエル王子と監視人」を公開初日に観ました。映画上映後に監督の舞台挨拶が予定されていたので、館内はほぼ満員で大盛況でした。29歳の若い監督が脚本も書かれていて、「ローマの休日」の熊本版のような作品でした。監督はロケ地である熊本という街を知るために、半年程熊本市内にあるイタリアンレストランで皿洗いの仕事をされたそうです。
 熊本の人には馴染みのあるホテルキャッスル、上通りなどの繁華街、市電、阿蘇、天草などで撮影されています。ほとんどワンテイクで撮影されたという映画は、上映時間が70分間に編集された短い作品なので、映画のテンポとしてはよかったと思いました。

 物語は、タイのルベール王国のアリエル王子がプライベートで熊本に3日間旅をして、そこで出逢ったリサという熊本の女性との心のふれあいを描いています。王子の心の中の葛藤は窺い知ることはできませんが、王位継承者であるアリエル王子はつねに笑顔を絶やしません。王子はリサが志半ばで諦めた本当に遣りたいことがあることを知り、リサの背中をそっと優しく押してあげるのです。リサは再び夢に向かって歩み出し、キラキラと輝き出すのでした。
 映画の感想としては、どうしても街の風景にばかり関心が向いてしまいがちで、映画の内容にはかなり物足りなさを感じました。より練り上げられた緻密な脚本ならば、もっと内容の濃い作品が出来たように思われました。

 映画上映後の舞台挨拶では、監督・主演女優・プロデューサー・音楽担当の方・スタイリスト・ヘアーメイクご担当者などのスタッフが勢揃いされました。ロケ地での初上映ということで、みなさん感慨深げな様子のように見受けられました。監督は終始伏し目がちで物腰の柔らかい方でした。主演女優の方は、瞳がキラキラしていてナチュラルな感じの方でした。
 監督は社会的なことを直接的に描くのは好まないそうで、今、社会の中で生きている感じ、「気分」をアリエル王子の笑顔に込めたとのことです。若い監督の次回作品に期待したいと思います。
(事務局:hakko)

77. 「熊本羅針」9月号の表紙 (2015.08.20)

 熊本県中小企業家同友会の会報誌「熊本羅針」の平成27年9月号の表紙に、私の写真が掲載されました。写真のタイトルは「赤いいのち」です。

  裏表紙の解説は次のとおりです。
「夕方の斜光を浴びる。
 曼珠沙華の赤が輝く。
 強烈な赤で、今を一生懸命に、でも儚く輝いている。
 そして、そんな世界の中で私も今を生きている。」

 よく見て頂くと、自分の影があります。
 この世界の中の私です。

76. 離島の議員さん (2015.08.20)

 8月のお盆休みを利用して鹿児島県の沖永良部島に旅をしました。鹿児島市から約550km南にあって、沖縄本島の2つ手前の島です。地下の洞窟探検(ケービング)とその撮影が目的の旅で、とても感動しました。この様子は写真ブログにUPしていますので、ご覧頂ければ幸いです。

 さて島での出会いをひとつ。沖永良部島はあまり観光地化されていないので、宿泊もリゾートホテルなどはなく、ビジネスホテルが中心で、夕食はありません。それで、夕食をとろうと街に出たのですが、もともと観光客用のお店も少ないうえ、お盆休みでもあってなかなか適当なお店が見つかりません。事前に決めていた創作地元料理のお店にも行ったのですが、その店も閉まっていました。それで、歩いていると「寿司割烹」と書いたお店がありましたので、中に入ってみました。店内は地元の家族連れで賑わっていましたが、地元の人はうどんや定食ものを注文する人が多かったようです。
 カウンターに座って寿司を食べていると、やがてTシャツに短パンとサンダル姿で私と同じ年頃の地元の方が来られ、常連さんなのでしょう私の隣に座って、キープしている黒糖焼酎を飲まれていました。隣りで黙っているのも何なので、私の方から島のことや焼酎のことを尋ねたりしていましたが、よく聞いてみると地元の町会議員さんでした。やがて地元振興の話しになりましたので、私も島の感想を話して提案をしました。
 その内容は、①今日は1日目で島の観光ポイントを一周して回ったけれども、殆んど自分一人で観光客はいなかった。昇竜洞もあんな真っ暗な中を一人きりだった。この島には石垣島や宮古島などと同じようないい観光ポイントがあるのにネット戦略を含めて発信力不足で資源が活かされていないのではないか。②中心街も古いビジネスホテル風のものばかりで、食事する店も少なく、南国の心ときめくような雰囲気がない。沖縄の伊江島のように港湾ターミナルなどをもっと南国の雰囲気のある明るいものにした方がよい。③この島の洞窟探検(ケービング)は、全国的にも珍しくて感動を与えることができる素晴らしい体験なので、ケービングを中心に全国的に発信した方がよい(ただし、自然保護との関係でバランスは必要だけれども)。④東京からのジェット機は滑走路の長さがないので無理ということだが、熊本の観光地なども福岡からの入り込みが多いので、せめて福岡からの直行便を誘致するなどして、もっとアクセスの改善を図るべきであるなどというもので、思えば言いたい放題のことを言ってしまいました。
 これに対して、少し酔いも回っておられた議員さんは、その場で観光協会の人に電話をされて、明日観光協会の人と昼飯をセッティングしたので私の考えを披露して欲しいということになりました。それで、私は酔いが回る中でもそのことをしっかり頭に入れておいて、翌日の昼は待合わせ場所に待機していましたが、議員さんは来られませんでした。何か事情があったのか、酔っ払っていた最中のことでもう忘れてしまっていたのか? 2日目の夜も、その寿司店に行って夕食をとりましたが、女将さんの話しでは、「かなり酔っ払っていたから忘れたんでしょう。」とのことでした。
 それでも、地元の寿司屋さんで地元の人とフランクに話し込めて、楽しい旅の夜でした。

75. 映画への旅(9) (2015.08.18)

1.「野火」
 塚本信也監督が、構想20年経て、大岡昇平氏の原作「野火」と真正面から向き合って自主制作をして完成させた映画です。
 太平洋戦争末期、風光明媚でのどかな美しい島フィリピン・レイテ島での戦争による惨劇を非常に生々しく描いています。「戦争の悲惨さ」といくら言葉や文章で書いても、本当のところはそれを実感できていない部分がありますが、この映画は戦闘場面や飢餓状態、死体など戦争によって極限状態に置かれた人間達の様子をリアルに表現しています。戦争で人が死ぬこと、狂うことのリアル感を重視した映像なので、直視するのが辛いシーンも数多くありました。極限状態の中での人の狂気が強く胸に迫ってきました。

 映画上映後には、脚本・監督・編集・主演をされた塚本信也監督のトークショーが開催されました。塚本監督は、飄々して気さくな感じの方でした。「(リアルな映像の映画ですが)子供達にも是非観せて下さい。戦争に行かないためにも、いいトラウマにして下さい。僕も小さい頃、はだしのゲンを観たことがいいトラウマになっています。」と言われたのが印象的でした。
 そして塚本監督は、この映画を制作した動機について、戦後70年が経ち戦争体験者がいなくなり肉体的な実感を持って戦争の痛みや恐怖を語る人が少なくなり、特に現状は国が戦争に傾いて行っている動きを感じて、今作らなければ、今戦争のリアルな痛みを伝えなければという強い危機感があったからだ、ということでした。塚本監督のそのような強い思いが十分伝わってくる、リアルであることを徹底的に追及した作品でした。

2.「しあわせはどこにある」
 精神科医が執筆したベストセラーを映画化した作品で、主人公の精神科医が、人生の真実の幸せを追い求める旅をして、本当の幸せとは何かに気付くという物語です。
 主人公の精神科医を演ずるのはサイモン・ペッグで、ミッション:インポッシブルなどでもおなじみの個性派俳優です。コメディ出身ということもあり、ユーモアが感じられる中にも、人間的な温かみを感じさせるとてもチャーミングな俳優です。サイモン・ペッグの魅力が存分に味わえる作品になっています。

 何不自由なく満たされた生活を送っている精神科医の主人公は、毎日たくさんの患者達の不幸話しを聞き続けていくうちに、自分自身の人生も価値のないもののように思えてきて、ある日「幸せって、何だろう? どこにあるんだろう?」と疑問を抱きます。そして、幸せの答えを追い求めて中国・チベット・アフリカ・アメリカへ旅をします。旅先での数々の出逢いや様々な経験を通して、日常の中にあるありふれた幸せに気付いていくという物語です。
 主人公は旅先で見つけた「幸せのヒント」を手帳に書き記していきます。「比較することは幸せを台無しにする」、「幸せは時として全てを知り過ぎないこと」、「幸せとはありのままの姿で愛されること」、「幸せとは天職に就くこと」、「幸せとは心底生きている実感を味わうこと」、「話しを聞くことは愛を示すこと」などなど。「幸せのヒント」は、決して特別なものではなくて、ありふれたものの中にこそあるのだということがよく分かります。要するに、身近な幸せに自分が気づくことができることが大切なのだと思いました。
 私は今年の夏休み(5日間)に、合計10本の映画を集中的に観ました。
 「幸せって、何だろう」は素直に心に響き共感でき、幸せな気持ちになることが出来る素敵な作品でした。
(事務局:hakko)

74.夏休みの お知らせ (2015.08.13)

 平成27年8月12日(水)~8月16日(日)は、

事務所はお休みさせて頂きます。

73. 描くこと、いのちの躍動 (2015.08.12)

 7月の連休、台風一過の輝く雲海を撮れたらと期待して、北アルプスの表銀座ルート(燕岳ー大天井岳ー常念岳)を縦走しようと出掛けました。福岡から長野県の松本に飛んで、JRとバスを乗り継ぎ、中房温泉からきつい合戦尾根を汗だくで4時間位登り続けて、やっと一泊目の山小屋の燕山荘(えんざんそう)に着きます。
 山小屋の夕食の時にはご主人が明日の夜明けは晴れのようですと言われたので、泊まっている登山者は皆喜んで拍手をしましたが、朝3時に起きて外に出てみると、何と天気は雨で、しかもガスっていて殆んど視界がきかない状態でした。6時頃になっても状況は同じで、2日目は予定では常念小屋まで5時間位稜線を歩いて槍ヶ岳や穂高連峰の眺めを撮るつもりでしたが、この状態で視界のきかない雨の中を歩き続けてもいい写真は撮れそうもありませんし、カメラの機材類も濡れてしまいますので、この日は移動せずにまた燕山荘に連泊することにしました。

 ところが、山小屋ではテレビも見れませんし、携帯電話のネットも電池切れになると困るので使えず、話す人もいなくて、結局本を読むこと以外には何もすることはありません。持って来た文庫本を読んでしまった後は、山小屋に置いてあった北アルプスの写真集を10冊位見ましたが、その後はふと目にとまったブライアン・ウイリアムスという人の「心の原風景」という画集を見ることになりました。
 この方は日本に住んでおられる南米出身の方のようで、日本人の感覚にマッチするような繊細で叙情的な風景や静物を描かれていましたが、それよりも画集の中に書かれている色々な言葉がストレートに私の心に沁みました。
 
 庭の隅のバケツの中に入ったたくさんの色付いた渋柿が描かれている絵がありますが、その下には「自らの物語をそれぞれの小宇宙にもつ静物」と書かれています。なるほど、その渋柿の絵を見ていると、日常の何気ないような存在や事物にも、それぞれに小宇宙のような物語があることが、あらためてしみじみと感じられます。ものを、できごとを、あらためてじっと見つめて感じなければ分からない境地です。
 また、「描くこと」についても書かれていました。「絵を描くというのは、自分の周りの世界を本当の意味で見る私なりのやり方である。」、「描くにつれて見えてくる天地の不可思議。鉛筆を通して我がものとなる。描くことこそ我がよろこび。」、「結局我々はみな流動的な存在で、流れの中で力の限り逆らいながら流されてもいいし、先に何か面白いことが待っているのを心待ちにしながらゆったり流れに乗るのを楽しんでもいい。芸術というのはそんな流れのようなものだ。時には流れはゆっくりと穏やかであり、また激しく水しぶきを撒き散らすこともある。予期せぬ障害物と突き当たったり、美しい発見があったりもする。」、「作品そのものは、絵を描くことは目的ではなく、単に結果にすぎない。目的はというと、それをする行為、描いている最中の精神状態である。それこそが絵を描くよろこびなのである。」。まさしく、描くこと、表現すること、生きることの本質をついた言葉です。私も写真に集中している過程のなかで同じことを感じます。
 その他にも、「物を包む光、すべてを平等に照らす(クロード・モネ)」、「最終的には、詩的でない現実のものはない(ゲーテ)」など、いい言葉が引用されていました。
 旅先の雨の一日、画集を通したいい出逢いでした。

72. 意味のないことをやり続ける意味 (2015.08.11)

 私は、山登りも自分の人生の活動のうちの大切な一部分だと考えています。それで山岳関係の本もよく読みます。登山家の自伝や評伝、雑誌記事などを読むと、登山家の人は殆んど、経済的にそれほど恵まれなくても、山に登る楽しさ、命の躍動に自分の人生を賭けていることがよく分かります。極端に言うと、人生には山さえあれば、その他のものは何も要らない人達なのです。

 今月号の山岳雑誌「岳人」にも、「60年代のヨセミテ」が特集されていて、その中に「意味のないことをやり続ける意味」と題した記事がありました。
 ヨセミテは、アメリカのカルフォルニア州にある国立公園で、その中には例えば高さ1000mを超える垂直の岩壁のビッグウオールがあって、クライマーはここを数日間に亘って登り続けることになります。勿論夜は垂直の岩壁に宙吊りのテントを張って寝ることになります。何とも途方もないことです。智慧と体力と技術と勇気が必要で、常人ではとても考えられないクライミングです。
 そんなクライミングに人生を賭ける、というより心から人生を楽しむ人達について、この記事では次のように書かれています。「貧しい生活を強いられつつも自由を謳歌するクライマー。ボロボロの服を着て、時に寒さに震えながらも岩にしがみつくクライマーの姿は、普通の人から見ると、狂っているように見えるかもしれないが、写真の中の彼らは皆、エネルギーに満ちた表情をしている。」、「当時、クライミングは無価値で危険なものと見られていたし、私の親も時間を無駄にしているのではないかと心配していた。しかしだからこそ、私達は深くクライミングを愛した。見返りを求めず、自分が持っているすべての能力をぶつけること、ただそれだけに集中できることに満足を感じていた。それが、60年代のヨセミテでだったんだ。」

 考えてみれば、人生で何に意味があって、何に意味がないかなど、所詮は人間の頭の枠組みで考えるだけであって、本当の答えなどあるはずがありません。意味があろうがなかろうが、関係なし。すべてを山に集中して、その瞬間瞬間に生きる喜びを感じて行く人生は、何ともいいものだろうと思います。

71. 自賠責保険の支払基準の拘束力 (2015.08.10)
 今回は少し専門的な話です。
 交通事故紛争に関与していると、加害者が任意保険に加入していなくても、自賠責保険しか加入していない場合がよくあります。自賠責保険は、政令で、例えば傷害部分は120万円、後遺障害は75~4000万、死亡は3000万までというような支払限度額などの支払基準が定められています。したがって、自賠責保険会社が訴訟外で保険金を支払う場合にはこの支払基準に従って支払うことになります。
 では、被害者は自賠責保険会社に対して支払基準以上の金額の請求はできないのでしょうか。これは、被害者がこの支払基準の損害額以上の損害を蒙ったとして自賠責保険会社を被告として保険金支払請求(被害者請求)訴訟を起こした場合に、裁判所もこの支払基準に拘束されるのかという論点になります。
 この点について、最高裁平成18年3月30日判決は、支払基準は保険会社が大量の請求を迅速かつ公平に処理するための必要から定められた基準にすぎず、被害者が保険会社に対して被害者請求をする訴訟では裁判所は支払基準によることなく個別的事案ごとに合理的な損害賠償を算定して支払を命じることができる、としています。
 したがって、被害者は損害額が自賠責の支払基準よりも大きい場合には、諦めずに自賠責保険会社を被告として訴訟を提起して支払基準以上の損害賠償金を請求できるということになります。
 この点は弁護士でもつい誤解しがちなところです。
70. 「熊本羅針」8月号の表紙 (2015.08.03)

 熊本県中小企業家同友会の会報誌「熊本羅針」の平成27年8月号の表紙に、私の写真が掲載されました。写真のタイトルは「赤い岩峰」です。
 これは、北アルプスの白馬岳(2932m)から杓子岳(2812m)を撮ったものです。

  裏表紙の解説は次のとおりです。
 「夜明けの山上には広大な雲海が広がり、
  岩峰が赤く輝く。
  今日も新しい一日の始まりだ。」

69. 天命 (2015.08.02)

 高校の同じクラスだったY君の作品が展示されているので、熊本県立美術館分館4階の「天鴻Group書展」を見に行って来ました。
 Y君は熊大に進んで本格的に書道を始められ、教職に着いてからも長年に亘って研鑽を積まれて来ていますが、今回は、何と、私の写真集「Spirits of Aso~時のしずく」の2枚目の水面に散る椿の写真の添え書きの「天命」の文章を書いて頂いていました。大変嬉しいことです。 
 書の古典を基礎とした独特の書体で、大きさも2m四方位ある大きな作品で、傍らには私の写真集も展示してありました。

 「天命ー阿蘇が冬から春へと季節が移る頃、ぽとりぽとりと名水の池の水面に散ったツバキの花が、折からの強風に吹き寄せられ、生の終わりにひそやかに輝く。切なさと美しさに息をのむ。」

 この写真は池に落ちた沢山の赤いツバキの花を撮ったものです。まだ私が写真を始めたばかりのフイルムカメラの頃に、阿蘇に通って、このシーンだけでも当時200~300枚は撮ったと思います。
 花は咲いている盛りの時も綺麗ですが、散り際や散った後の風情も印象的です。特に、ツバキの花の赤い色は、水面に落ちていると生が凝縮されているようで、とても印象的です。風景の中に何を見て何を感じるかは人それぞれですが、じっと佇んで、その対象と、そして命そのものを見つめると、一層命の輝きと、この一瞬一瞬の大切さが心に沁みるのです。
 そんな私の気持ちと表現を汲み取って、書の作品にして頂いたことには、本当に感謝しています。
 Y君は、今後は益々書に集中されるとのことですので、益々のご発展を祈念しています。

68. オステリア ダ・ルバクオーレ (2015.07.30)
  昨日は、珍しく仕事のスケジュールがゆっくりしていたので、事務所のランチ会が「オステリア ダ・ルバクオーレ」というイタリア料理の店で開催されました。
  隠れ家的な雰囲気のある店の扉を開けると店内は、イタリアの雰囲気を醸し出す重厚なインテリアと、穏やかな照明に包まれていました。まるで個人の邸宅に招かれたような感じで、とても落ち着ける雰囲気でした。
 シェフはイタリア各地で修業された方で、熊本で「小さなイタリア 」を感じてもらいたいとの思いを抱いているそうです。 どの料理からも、ていねいに心を込めて料理しているのがしっかり伝わって来ました。よく考えられた絶妙な味のバランスに心から感嘆しました。BGMがオペラでしたが、カンツオーネくらいの方がよかったかなと思いました。
 お昼の短い時間を利用した久し振りのランチ会でしたが、イタリアの本格的な美味しい味と雰囲気を満喫できて大満足でした。
(事務局:hakko)
67. 夏の贈り物 (2015.07.22)

 今日午前中、事務所で忙しくしていると、大学の先輩のMさんが、突然事務所を訪問されました。西原村にある畑で摘みたてのトマトとミニトマト、ピーマンをたくさん届けて下さいました。梅雨の晴れ間の陽射しを浴びて見事に実った野菜は、右側の写真の5倍程の量があって、あまりの多さにびっくりしました。
 摘みたての新鮮な野菜はどれも艶々として色鮮やかです。トマトからはトマト特有の強い香りが立ち込めていました。トマトを丸かじりすると、昔懐かしいトマト本来の美味しい味がしました。

 ご自慢のアメリカから輸入したというホンダのピックアップトラックを運転して帰って行かれる姿は、第二の人生を農業に没頭して、大いに人生を謳歌している様子が感じられました。
  丹精を込めたお届け物を、ありがとうございます。

66. 穴は深く掘れ (2015.07.21)

 よく「井戸は深く掘れ」と言います。一点突破で精進して本当に深い井戸を掘れば、水脈というすべてのものに繋がる本質に辿り着くことができるという意味です。今日私が参加した祝賀会でも、熊本城稲荷神社の宮司さんが閉めのご挨拶で「穴は深く掘れ。直径は自ずと広がる。」と、同じ趣旨のことを仰っていました。

 その祝賀会は、ホテルキャッスルで行われた末吉駿一さん(85歳)の「くまもと観光賞、特別功労賞」の受賞祝賀会でした。私も末吉さんとは縁があって参加させて頂きましたが、知事、熊本市長をはじめ、議員、行政、商工会議所、JR、観光関係、大学関係、マスコミ関係、ロータリークラブ、芸術文化関係等々、約300名位の多勢の参加者で盛会でした。私が座ったテーブルも、彫刻家、水墨画家、伝統工芸館の課長さん、熊本学園大学の女性教授、古美術関係、経営研究所の方と多彩な顔ぶれで、末吉さんの人との繋がり、人脈の広さが分かりました。

  末吉さんは、熊本の歴史と文化と風土を愛し、自分の足で丁寧に取材するという現場主義に徹して、多様な媒体で発信をされて来られたのですが、今日もスライドで写された「くまもとの旅」の表紙の写真のうちの2枚には感銘を受けました。1枚は、崎津漁港で崎津教会をバックにして、小舟の上に立って祈りの手を合わせている漁師の信者さんの姿の写真、もう一枚は、宮本武蔵が修行したと言われる霊厳洞の中で、1本のロウソクの火が灯されて、バックには瞑想もしくは座禅をしている人間のシルエットが写されている写真です。すごくいい感性で、訴えるものがあります。並みのカメラマンでは到底足元にも及ばないものです。
 また、お隣の方が色々な出版物の切り抜きを持って来られて、その中には、阿蘇の草千里の池の中で白馬がいて、その上に長い髪の全裸の女性が憂いを帯びて乗っている写真がありました。末吉さんがもう40年前に撮られた写真だそうですが、その発想の斬新さには圧倒されました。

 まだまだこれからもご活躍されそうで、私にとっても楽しく、大変刺激になったひとときでした。道一筋、一層深く深く窮めて行きたいものです。

65. スローな民主主義 (2015.07.15)

 今、民主主義と立憲主義が揺らいでいます。
 
 高橋源一郎氏の「ぼくたちの民主主義なんだぜ」という新書を読んでいたら、「スローな民主主義」という言葉がありました。丸山仁氏の言葉で、「投票中心の議会制民主主義は、結局いくらでもスピードアップ可能なファスト民主主義に行き着く。しかし、私達の意見は、熟慮をして、また他者との真摯な討議を通じてはじめて確固たるものに成長する。だから、必要なのは熟議の民主主義、スローな民主主義だ」というものです。確かにそのとおりだと思います。
 
 私は特定の政党を支持しているものではありませんが、今回の安全保障法制の問題については、多くの国民は重大な疑問とを不満を持っていることでしょう。
 憲法の根幹に関わる政策転換であるにもかかわらず、国民の意思を問いもしない。解散総選挙も憲法改正手続もしない。専門家である憲法学者の殆んどが違憲と指摘し、元法制局長官2名も違憲とし、中央公聴会でも違憲論が多く、国民の半分以上が反対し、8割が説明不足と考え、今日も首相自らが国民の理解が進んでいないと認めながら、自分の政治的信条を実現するために、そして国民の不満がこれ以上高まらないうちにと強行する。国民に丁寧な説明をすると言いながら、「違憲ではないと確信している」と答えになっていない説明をして平然としている。新3要件を定めたといっても、集団的自衛権行使の事例の説明は変遷し、結局は時の政府の総合的判断によって行使するとして要件を曖昧化し、歯止めにはならず。民意は全く置き去り。アメリカの軍事力の補完要請に勝手に約束をして、これを実行するために「俺が正しい、絶対ここで決める。」という考えで、何でも強引にゴリ押ししていく。
 そんな民意に耳を傾けない強引な態度、独裁ぶりは、一般に云われているとおり、原発再稼動問題、沖縄辺野古の問題、新国立競技場の問題、過激な報道機関批判などにも共通して見られる今の政権・与党の体質で、大きな問題点です。それに対して、与党内からも何の異論も出てこない。何とも嘆かわしいものです。
 憲法は無視され、殆んどの国民の意思も無視され踏み躙られています。この国の民主主義とは、議会制民主主義とは、一体何だろうと思ってしまいます。今日の委員会の強行採決の様子を見ていると、一層そんな思いを強く感じました。

 一方で、この問題で行動していない自分にも、もどかしさと情けなさと悔しさを覚えます。この国の未来と方向性を決める大事な問題なのに、仕事や日常に追われてしまっていて、自分の問題として本当に真剣に考えていただろうか。どうせ国民の声は反映されない、手の届かないことだと諦めていなかっただろうか。何かすべきこと、自分でも身の回りで少しでもできることがあるのではと思います。今日はそんなささやかな思いから、このブログを書いてみました。
 国民の中からも、憲法学者が、学生が、文化人が、科学者がと次々に声を上げています。熊本県弁護士会も、7月19日(日)午後1時から熊本市の辛島公園で本法案反対の集会をして、その後に下通りをパレードするようです。
 ひとりひとりが何らかの形で意思を表明し、行動したいものです。

64. 映画への旅(8)「きみはいい子」 (2015.07.03)

 呉美保監督の「そこのみにて光輝く」は、私が昨年観た映画の中でベストワンの作品でした。それで、私はこの監督の第4作目となる「きみはいい子」の公開をとても心待ちにしていました。

 今回の作品は、虐待、独居老人、認知症、育児放棄、いじめ、学級崩壊、障がいといった重い問題に真正面から向き合っている作品です。ひとつの街に暮らす人間たちのオムニパス形式の群像劇で、学級崩壊している小学校の新米教師の苦悩、幼い頃親から虐待を受けた経験を持つ母親が自分の子供を虐待してしまう苦悩、認知症の独居老人の寂しさと悲しみ、障がいのある子どもと母親の苦悩などが描かれています。

 この映画には「抱きしめる」シーンが、象徴的に描かれます。
 新米教師は、担任するクラスの中にいじめや虐待を受けている子供がいることを把握しますが、思うようにならない状況に落ち込みます。そんな中で、同居する姉の子供が、彼をしっかり抱きしめ、何回も「がんばって。」と優しく囁くのです。落ち込んでいた心が少しずつ回復して行きます。
 幼少期に親から虐待を受けていた母親は、自分の子供を愛することができず、子供を虐待し続けます。ある日、母親はママ友の目の前で子供に手を挙げそうになります。その時、ママ友は、母親をしっかり抱きしめて、「親から酷いことをされたよね。」、「分かる・・・私もそうだったから。」、「辛かったよね。」と言って、優しくそっと包みこんでくれるのです。
 小学校の近所に住む独居老人は認知症の症状が出ています。老女が毎日家の前で挨拶を交わす少年には障がいがあります。ある日、老女がパニックになった少年の面倒をみたことで、少年の母親が老女宅にお礼の挨拶に来ます。老女は母親に、少年のことを「こんないい子はいない。」と優しく微笑みながら褒めるのです。すると、母親は「今まで子供のことを褒められたことがなかったので・・」と、玄関先で背中を丸めて泣き出します。老女はシングルマザーの母親がこれまでずっと抱えて来た辛さを思い、母親に何度も「大丈夫、大丈夫。」と言って、優しく背中を撫でるのです。

 人が人を静かに優しく「抱きしめる」ということは、言葉だけでは伝えきれない人の心の痛みを癒す不思議な力があります。みんな生きている中では、それぞれ心の奥底に、人には言えない悩みや辛さを抱えています。人を抱きしめることは、そんな悩みや辛さを気付いて、ありのままを包んであげることです。この映画は、それがこんなにも人の心を優しく癒してしてくれるんだということを教えてくれました。

 私が今年上半期で観た映画の中では、ベストワンの作品です。映画公開前日に第37回モスクワ国際映画祭で「最優秀アジア映画賞」を受賞しました。デンキカンにて上映中です。是非ご覧下さい。
(事務局 hakko)

63. ハーモニカのガンベルト (2015.07.02)

 先日の夜ある会合に出たところ、私の叔父も出席していました。 
 この叔父は、小学校の教員で最後は地元の小学校の校長をし、退職後は女子高で教えたりしましたが、ハーモニカとマジックが得意で、今ではハーモニカ教室で沢山の人に教えたり、慰問のボランティア活動などをして、充実した生活を送っています。もともと明るくて楽しい性格ですので、うってつけの活動だと思います。

 引き続き懇親会が始まり、叔父がハーモニカを持って来ていましたので、私の方で壇上に上がって「今日はスターをお招きしました。」と言って叔父を紹介し、ハーモニカの腕を披露して貰うことにしました。
 すると、壇上に上がった叔父は、腰にガンベルトのようなベルトを装着し、これに8本のハーモニカを入れて出て来ました。これには、「えぇっ!」とちょっと驚きました。そして、伴奏付きで3曲、アンコールで1曲、楽しそうに演奏しました。
 自分の叔父とはいえ、人間が楽しく生きている姿は、本当にいい感じです。

62. ネット戦略~ウェブ広告 (2015.07.01)

 弁護士会の対外広報PTでは、今年も電通九州と協力して、対外広報戦略を練っています。今年度も来年3月までに、地元のテレビ局2社で15秒コマーシャルを合計480本流す予定です。

 電通九州の今回のアンケート調査によると、弁護士会のイメージは「信頼感があり有能」という一方で、やはり「敷居が高い。料金が高そう。」という相変わらずのものでした。これまで放映した、熊本弁とユーモアが特徴の「考える人シリーズ」(相続、離婚、交通事故、遺言)については、「楽しい」、「親しみやすい」、「印象に残る」とかなり好評だった反面、早くも「見飽きた」という声も多いようでした。また、面白いものの、それが即法律相談センターへの電話誘因となっている訳ではないという分析でした。
 それで、今年度はこれまでと同じく「考える人シリーズ」を基本にするものの、もっと市民の皆さんへの電話誘因につながるような新しいテレビコマーシャルを作る方向にしています。

 さらに、ウェブ広告についても検討予定です。
 これはYahoo!ディスプレイ・アドネットワーク(YDN)というウェブ広告で、ディスプレイ広告が表示されてもクリックされなければ課金されず、指定したキーワードで検索したユーザーのみに広告を配信したり、地域・時間・性別・年代・デバイス別などを指定してターゲットを絞って広告できるという特徴を持っているものです。自分でネットで商品などを検索すると、次からそれに関連した広告が表示されることがありますが、それらもこのような仕組みだったことが良く分かりました。
 ウェブ広告は個人の弁護士でも力を入れてやっていることなので、弁護士会の対外広報手段として有用だとは思いますが、問題は費用で、月額何十万円はかかりますので、この点が今後の検討課題となることでしょう。

61. 村下孝蔵さん 偲ぶ会 (2015.06.28)

 6月28日、歌手の村下孝蔵さんを偲ぶ会コンサートが、森都心プラザホールで開催されました。村下孝蔵さんは1999年に46歳で急逝されました。今年は、17回忌になります。熊本で開催されるメモリアルコンサートは、今年で9回目を迎えます。今回は九州だけでなく北海道、東京、神戸など全国から熱心なファンの方々が数多く参加されていました。

 今年は村下孝蔵さんがライブ会場で熱唱する姿やトークしている様子を、大画面のスクリーンで観ることができました。村下孝蔵さんがギターの弾き語りで熱唱している姿を観ていると、まるで今ここに存在しているかのような錯覚を覚える程の臨場感がありました。
 ゲストも多彩で、オペラ歌手・村下孝蔵さんと16年間活動を共にされたギター奏者の方・コーラスとして参加して村下孝蔵さんを支え続けた方、そして村下孝蔵さんのお姉さんも参加されました。身近な方々ならではのエピソードが満載で、温かくて楽しいコンサートでした。

 コンサートのアンコールは永遠の名曲「初恋」でした。
 大画面のスクリーンに再び、「初恋」を歌う村下孝蔵さんが映し出されました。出演者全員と観客がスクリーンを見つめながら声を合わせ歌いました。すると、スクリーンをじっと見つめていた村下孝蔵さんのお姉さんが、堪え切れなくなり突然泣き出しました。その姿を見ていたら、私も必死に抑えていた切ない感情が溢れ出して涙が止まらなくなりました。46歳という若さで急逝された村下孝蔵さんですが、「温かな人柄と魅力的な歌の数々は、どんなに時が経っても決して色褪せることがなく、今も多くの方々に深く愛されているなぁ。」としみじみ思いました。
 参加して本当に良かったと思える、あたたかな心に溢れた素敵な「偲ぶ会」でした。
(事務局 hakko)

60. みそらやcafe (2015.06.23)

 今日の午後、「かげさわ屋」さんが事務所を訪問されました。
 「かげさわ屋」さんは、南阿蘇に移住され、農薬や化学肥料を使わない、人にも自然にも優しい農法で大豆を育てています。そして、その大豆を使用して昔ながらの製法で大豆を仕込んで、約一年程ねかせた優しい味わいの「ゆっくり味噌」を作られています。
 今日は熊本市内に来られ、南阿蘇にある和菓子工房「みそらやcafe」というお店が「ゆっくり味噌」を使用したお菓子を作っているということで、わざわざ届けて下さいました。
 もちもち感のあるしっとりとした生地に、「ゆっくり味噌」の味と風味を生かした繊細で上品な味わいでした。「ゆっくり味噌」と同じように、とっても優しい味がしました。味噌も和菓子も、愛情を込めて丁寧に作られているのでしょう、優しいお人柄が伝わってきました。

 暫し楽しくお話しをして、南阿蘇の生活等をお聞きしました。偶然できたご縁ですが、お気遣いを頂いて、人と人とのつながりはなかなかいいものです。

59. 「熊本羅針」7月号表紙 (2015.06.22)

 熊本県中小企業家同友会の会報誌「熊本羅針」の平成27年7月号の表紙に、私の写真が掲載されました。写真のタイトルは「人生の途上」です。

  裏表紙の解説は次のとおりです。
 「夕暮れに、海へと沈みゆく海床路。
  その前に佇むと、人は色々な思いを抱く。
  いい時間が過ぎていく。
  今日も金色の時に包まれて、心の革新だ。」

 風景の前に佇むこと、そして、
 日常に流されずに大事なものを感じることの大切さを表現したものです。

58. グラシェラ・スサーナコンサート (2015.06.21)

 グラシェラ・スサーナのコンサートが、鹿児島市民文化ホールで開催されたので行って来ました。
 グラシェラ・スサーナは1953年生まれで現在62歳、アルゼンチン出身です。18歳の時、ギターの弾き語りでタンゴハウスに出演中に、南米旅行中だった歌手の菅原洋一氏に見出されて1971年に初来日し、1970年代に次々とミリオンヒットを出しました。

 オープニングは勿論、名曲「アドロ」。スサーナは「アドロ」を歌い終わると、感激して涙ぐみ何度も目頭にハンカチを添えていました。そして「粋な別れ」、「恋人よ」、「川の流れのように」、「竹田の子守唄」、「サバの女王」など懐かしいナンバーが、哀愁を帯びたギターの音色と共にしっとりと胸を打つ歌声で語りかけてきます。昔よりも囁き語りかけるような歌い方になっていましたが、伸びやかで迫力のある歌声は健在でした。歌の合間のトークでは、「サバの女王も今ではババの女王よ。」などと冗談を言える程に日本語が上達していました。
 ホールを埋め尽くした満員の観客は、今も色褪せることのないスサーナの歌声に酔いしれていました。

57. 「1982年 私」~鴨居玲 展 (2015.06.19)

 東京ステーションギャラリーで、「鴨居玲 展~踊り候え」が開催されていましたので、仕事で東京霞ヶ関出張の帰り際に観て来ました。

 東京ステーションギャラリーはJR東京駅の丸ノ内北口にあります。丸ノ内北口は、私が20代で東京にいた頃に日刊ゲンダイの配送のアルバイトをしていた場所なので、懐かしい思い出があります。このアルバイトは当時としては破格の時給1000円で、短時間である程度の収入が得られるので、映画監督や脚本家志望の人、画家の人など、夢を追い駆けている人達が集まっていました。みんなそれぞれの夢を抱いて生きていて、何か通じるものがありました。あれから随分長い年月が経ったけれども、みんなそれぞれに夢を実現できただろうか、この場所に来るといつもそんなことを思います。

 今回の鴨居玲展はNHKの日曜美術館の告知で知ったもので、恥ずかしながらこれまでこの画家のことは知りませんでした。そして私はこれまで油絵を見て涙が流れたことはありませんが、今回「1982年 私」という作品の前に佇んだ時は、圧倒されて思わず涙が流れてしまいました。大きさは約1.8m×2.6m、中央には、何も描かれていない真っ白なままのキャンパスと、絵筆も持たず、目の回りには隈らしきものが出て、茫然自失、憔悴しきった状態で力なく口を開けている画家自身の姿が描かれています。その廻りには、これまで描いてきたモチーフの老婆、道化、裸婦などがこれまた自信を喪失したようにうなだれて力なく佇んでいます。
 それは、成功してスペインから帰国して新しいテーマとして何を描けば良いのか迷い、行き詰まり、悩んで、憔悴し切った自分の苦悩の表現です。佇んでいると、ムンクの耳を塞いでいる「叫び」のような、強烈な不安と苦悩を感じます。顔の表現もすごいけれど、何も描かれていないキャンパスの白さもとても印象的です。それは、一層普遍化すれば、これまでの自分の人生は何だったのか、キャンパスという人生に一体自分は何を描いたら良いのかという、自分の存在を問い続ける、人間の本質的な不安と苦悩の表現でしょう。
 当初からのすべての作品に「死の気配」が漂っていると言われていて、生死は作品の重要な要素になっています。しかし、それは本当に深い画業の苦悩だったのでしょう。「ミスターXの来た日」などの自画像シリーズを描いてから、まもなく57歳で自死しています。

 「時間も空気も、あらゆる宇宙の動くもの全てを止めたような空間、青白く冷たく永遠に凍りついてしまったような、そのような空間を私は表現したい。」、「芸術は見た人の人生を変える力を持つものでなければならない。そのような絵を描きたい。」 そんな思いで命懸けで描いている人には到底かないません。圧倒的なインパクトでした。翻って、自分の写真などいかに浅薄なものかが感じられた一日でもありました。

 一方で、「踊り候え」という作品の解説に、室町時代の小歌を集めた「閑吟集」から歌が引かれていました。「憂きも ひととき うれしくも 思い醒ませば 夢候よ 酔い候え 踊り候え」。
 私達人間の存在は、所詮は一瞬の夢です。私達はそれを見据えて、苦悩し迷いながらも、この一瞬に楽しく踊るしかないのです。

56. 収穫祭 (2015.06.16)

 平成27年6月13日(土)、大学の先輩Mさんの西原村にある別荘で、毎年恒例の収穫祭が開催されました。今年は小さな子供さんの参加もあって13名の参加で、BBQをしました。
 この先輩については、何回もこのブログでも書きましたが、何にでも凝り性で、今年行ってみたら、アメリカからの逆輸入車の左ハンドルのホンダのピックアップトラックが買ってありました。主に釣り用で、魚を車内に置くと臭いので、外部に荷台のあるピックアップトラックにしたそうです。ホンダがアメリカでこんな車を作っていることを初めて知りました。

 農業に釣りに乗馬と悠々自適で、先輩の人生は本当に楽しそうです。帰りには、先輩が自分で育てた野菜類をお土産に頂きました。また、来年も参加させて頂きたいものです。

55. ラップ「日本国憲法」 (2015.06.16)

 作家の高橋源一郎氏の新聞記事の論評に、日本を代表するラッパーのShingo2(シンゴーツー)の「日本国憲法」のことが書いてありました。マグナカルタ以来の憲法の歴史を300行余りの長編詩にして、22分以上歌っていて、憲法について全力で考えようとしているということでしたので、どんなものだろうとyoutube で曲を聞いてみました。

 ラップなので少し聞きづらい面はありますが、憲法の歴史は、何世紀にも亘り民衆が君主制との闘争の末に多くの犠牲を払って勝ち取った賜物であり、血と汗と涙の結晶であるとの認識に立っています。
 そして、生命、自由及び幸福追求権、トーマン・ジェファーソン、ジョン・ロック、1215年マグナカルタ、列強の植民地支配、アメリカ独立、フランス革命、南北戦争、アヘン戦争、不平等条約などの世界史を歌い、さらに日本についても、開国、明治維新、大日本国憲法、君主主権、自由民権運動、戦後の憲法制定経過、現憲法の内容などなどを歌っています。私達市民の権利が保障されるまでの長い長い歴史が分かります。
 そして、最後に、自分達もそんな多大な犠牲を払ってきた先人達よりもさらに明るく燃えることが後世のため、魂が震える喜び、懸命に楽しもう、この与えられた日々を、と締め括っています。確かによく勉強していますし、メッセージ性もあります。

 現在安全保障法制に関して憲法論が注目されています。さらに歌いやすい「憲法ソング」などを作ってヒットさせたら、もっといいかもしれません。

54. 安全保障法制と憲法 (2015.06.11)

憲法前文の一部
 日本国民は、・・政府の行為によって再び戦争の惨禍が起こることのないようにすることを決意し、ここに主権が国民に存することを宣言し、この憲法を確定する。・・

憲法第9条
1.日本国民は、正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求し、 国権の発動たる戦争と、武力による威嚇又は武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては永久にこれを放棄する。
2.前項の目的を達するため、陸海空軍その他の戦力はこれを保持しない。国の交戦権は、これを認めない。

 現在問題となっている安全保障法制については、先日憲法審査会の参考人として意見を求められた大学教授が三人とも違憲で立憲主義に反すると述べたことで、少しはチェックがかかったようです。
 これに対して、政府は集団的自衛権が認められる根拠として1959年の最高裁砂川判決を持ち出しているようですが、説得的ではありません。この判決は、在日駐留米軍の合憲性が争点となったもので統治行為論を取った判決ですが、傍論で憲法9条は我が国が主権国として有する国有の自衛権を否定していないと判断しているものの、これは当時の状況や文脈からして個別的自衛権について述べたものであることは明らかで、集団的自衛権まで認めたものであるとは読めません。
 そして、歴代政府も、長年に亘り一貫して、憲法の戦争放棄、戦力不保持の文言と他方での自衛隊の現実的必要性との調整に工夫をして、憲法9条のもとでも必要最小限度の範囲で自衛のための措置を講じることは許されるとし、したがって、他国に加えられた武力攻撃を阻止することを内容とする集団的自衛権の行使は許されないとの立場を取ってきたものです。
 それなのに、リーダーの政治的信条を背景として国際的な安全保障環境の変化を強調して、これまでの立場を一変させ、「限定的な集団的自衛権の行使」であればこれも必要最低限の範囲内に留まるので許されるとするのは、全く論理が通らず、憲法軽視のいかにもご都合主義な解釈でおかしいと考えます。
 また、「限定的な集団的自衛権」と言っても、武力行使の新3要件自体が曖昧なもので、時の政府によってはどのようにでも解釈の余地があるものですから、全く限定されたものにもなっておらず、この点でも説得力がないと思います。
 テレ朝のニュースステーションで、憲法学者200名弱に対し安全保障法制についてのアンケートの途中経過報告があっていましたが、現在まで回答があった101名のうち、91名が違憲、8名が違憲の疑い、2名が合憲という結果だったそうで、それは当然の結果だろうと思います。

  安全保障法制は憲法の根幹にかかわる歴史的な政策転換であるにもかかわらず、違憲との多くの声も無視して、広く国民全体の意思を聞こう(憲法政改正手続)ともせずに、自分達の考えだけを強引に進めようとする姿勢には大きな疑問を感じます。
  自民党衆議院議員からも、「あまりにも傲慢だ。自分達が法律だというような姿勢は民主主義ではなく、立憲主義も危うくなっている。」、「小選挙区制になってから、選挙と人事は党幹部に握られている。心の中でおかしいと思っていても口には出せなくなっている。」との声が出ています。
  きちんと声を上げないとの指摘は、私達国民自身にも言えることかもしれません。

53. 映画への旅(7)「みんなの学校」 (2015.06.02)

「みんなの学校」

 この映画は、「みんながつくる みんなの学校」を目標にしている大阪の大空小学校の様子を撮影したドキュメンタリーです。
 全校児童220人のうち30人が特別支援を必要とする子ども達ですが、子ども達のあるがままの状態を受容れる考え方で、みんな同じ教室で学んで、その中で成長して行く姿が描かれています。学校の中では、不登校やいじめなども含めて色々な問題が発生しますが、高い理念と豊富な経験、そして包み込むような暖かい心を持った校長先生を中心として、子ども達自身、先生方、保護者、地域のボランティアの方々が、それぞれに問題と向き合って対応していきます。
 特に、女性の校長先生の揺るぎのない強い信念と毅然とした態度、そして子ども達一人一人に対して深い愛情を持って接する姿には本当に感動しました。また、子ども達が、お互いの違いを認めて理解して、自然に助け合う姿もいいなと思いました。経験の浅い教師が苦悩する姿も、ありのままに映し出されています。
 「みんながつくる、みんなの学校、大空小」という言葉通り、みんなが安心して過ごせて、自分の居場所がある学校。映画を観ながら、生きるうえで大切にしなければいけないものが一杯溢れているように感じました。自分とは違うものに対する思い遣りの心や優しさについて、あらためて深く考えさせられました。
 映画のラストの卒業式では、校長先生が一人一人に万感の思いを込めて心のこもった温かな言葉を送るシーンがあって、強く胸打たれました。校長先生が子ども達一人一人と、こんなにも深く関わっているのは非常に珍しいのではないでしょうか。教師の生き方や考え方など、人間性が深く問われている映画でもありました。日本中に大空小学校のような取組をする学校が増えれば、優しい心が溢れたもっと暮らしやすい世の中になるような気がします。

 こんないい映画が、当初はわずか7日間の上映予定(6月5日まで)で、本当に勿体なくて残念だと思っていましたところ、好評につき上映が延期されることになりました。上映はデンキカンで、上映終了予定日は6月26日です。是非、ご覧下さい。

(事務局 hakko)

52. 55歳の冒険 (2015.05.29)

 先日のNHKの「プロフェッショナル」は、ニュ―ヨーク・ブロードウェイでミュージカル「王様と私」の王様役に挑戦する渡辺謙さんの姿を追ったものでした。

 渡辺さんは、「ラストサムライ」や「硫黄島からの手紙」の演技で注目されて、今や世界的な俳優となった感がありますが、そうは言っても英語で英語圏の観客を前にして演技とセリフと歌を完璧にこなすのはやはり大変なことで、番組の中でも、重圧の中でかなりの不安と苦悩に包まれる様子が映されていました。
 しかし、渡辺さんは強いものです。「何があろうが諦めない、与えられた環境の中でベストを尽くす。」、「キャリアは捨てる。」、「1ショー1ショーを生きて行く、1日1日をあがき抜くそして生きて行く。あがくことがすべて、断崖絶壁であがく。」、「自分の全細胞を活性化させフル回転させる。」などの言葉を発して、困難な状況にも果敢に挑戦して行きます。まさに、それは冒険というに相応しいもので、いかにもこの番組らしい内容となっていました。

 渡辺さんのこのような姿勢の根底には、やはり2回の白血病の治療を通して自分の存在と命を見つめ直した経験があると思います。大きな病気を経験して、自分の命が俳優として与えられた命であることを自覚して、ここにこそ自分が生きている価値がある、だから絶対俳優として戻って来て完全燃焼をする、と考えたそうです。
 自分の命の存在意味を明確に自覚している人は、やはり芯が強くて魅力的なものです。

51. 輝くトップアイドル (2015.05.27)

 今夜、その人は、白のインナーに白のパンツ、上には鮮やかなスカイブルーのジャケットを着て、スポットライトを浴びて華やかに佇んでいた。端正な顔立ちと流れるような長髪、そしてスマートな長身。その格好よさはほぼ昔のままだ。だけど、少しうつ向いたその人の表情はどこか固く、不安と苦悩の影を帯びているようにも見えた。
  その人は昔のような張りのある情熱的な歌声で、新曲の「蜃気楼」という歌を歌った。声が思うように出ないのだろう、おそらく「口パク」で・・。そして、2コーラス目には、歌詞のとおりにやっと椅子から立ち上がって、曲に合わせて歌っている様子をした。
 
  「もう一度だけなら 立てる気がした
  焦げつきそうな この身体
  闇に塵の世 一筋の光を求めて
  どうにもならないと 諦めていた
  胸が引き裂かれる痛み
  欠けた月の夜 蒼白く光る
  蜃気楼   」
 私は、歌詞の内容とその人が歌おうとする姿を見て、思わず涙した。

 その人の名は西城秀樹さん。70年代に新ご三家の1人として情熱の嵐、傷だらけのローラ、ヤングマンなど情熱的でパワフルな歌声で一世を風靡したトップアイドルだが、2度目の脳梗塞の後遺症の影響で、今は歩くのも大変そうで、発語も思うにまかせず、相槌ちや短い応答で対応をしているようだ。それでも、数多くいるショーの出演者の中心として、不自由さを押してステージに出ている。若い頃はあれほど情熱的な歌声とパフォーマンスだったのに、観客の前で不自由をし口パクででもなお歌わなければならない姿を見て、心の内ではさぞかし色々な思いもあるだろうと考えて、つい涙してしまった。
 とても切ない思いがしたが、でもその一方では、不自由な状態の中にあっても、家族とファンのために前を向いて、一筋の光を求めて、また人生を立ち上がろうとしている西城さんの意思も感じられて、その姿は感動的でもあった。昔のトップアイドルは、今は違う形で輝いていた。

 今夜は、熊本市民会館で「同窓会コンサート2015」のステージがあったので、仕事を終えた後で、出掛けた。出演者は(敬称略)、西城秀樹、今陽子、尾藤イサオ、小川知子、あべ静江、ガロの大野真澄、リリーズ、伊藤咲子、青い三角定規の西口久美子の70年代のアイドルスターを中心としたもので、息もつかせぬ楽しいステージだった。そして、出演者が協力して西城秀樹さんを支えてステージを作っていることが分かって、とてもいい雰囲気だと感じた。

 家に帰ってから会場で買った西城さんのCDを聞いた。人間の人生には本当にいろんなことがあるけれど、どんな事態、境遇にあっても、また立ち上がって行こうとする人間の姿は美しい。
  今夜は、ただ楽しいだけでなく、色々なことを感じた夜だった。

50. 空家対策推進特別措置法 (2015.05.26)

 「空家対策の推進に関する特別措置法」の関連規定が5月26日から施行されて、これで同法が全面施行同法が全面施行されることになりましたので、調べてみました。

 立法理由は、全国の新築建物の供給過多と人口減少・高齢化の進展により空家は年々増加していて、現在全国の住宅総数6063万戸のうち13.5%の820万戸が空家となっていて、管理されていないものも多く、これを放置すると倒壊・環境悪化・治安悪化等のおそれがあることから、自治体の対策を規定したものです。

 本法で「空家等」とは、建築物またはこれに付属する工作数であって居住その他の使用がなされていないことが常態であるもの及びその敷地をいい、このうち「特定空家等」として、①そのまま放置すれば倒壊等著しく保安上危険となるおそれのある状態、②著しく衛生上有害となるおそれのある状態、③適切な管理が行なわないことにより著しく景観を損なった状態、④その他周辺の生活環境の保全を図るために放置することが不適切である状態、と認められる空家等と規定されています。

 そして、①空家等の所有者または管理者は空家等の適切な管理に努める、②市町村は空家対策に必要な措置を適切に講じる、③市町村長は調査及び立入調査をすることができる、④固定資産税等の情報も必要な限度で照会、利用できることが規定されているほか、⑤特定空家等に対しては、市町村は除去や修繕、立木の伐採等の助言指導、勧告、命令ができ、命令に従わない場合には、行政代執行法により強制的に解体することができるとされています。命令違反には50万円以下の過料の行政罰も規定されています。

 これに対応して、税制面でも固定資産税の課税強化がなされました。住宅敷地であればたとえ空家であっても住宅用地として固定資産税は6分の1に軽減される特例がありますが、空家等が上記の特定空家等に該当して勧告を受けた場合にはこの特例の対象外となって、同税の軽減措置は受けられないことになりました。

 このまま人口減少が進めばますます空家は増えることが予想されます。自治体によっては「空家バンク」を設けて有効活用を試みているところもあるようですが、家を持つなら新築をと考えている一般的な考え方自体を変えて行く時機なのかもしれません。

49. 映画への旅(6) (2015.05.25)

1.「ディオールと私」
 パリのオートクチュールの名門、伝統あるディオールのメゾンのアーティスティック・ディレクターに抜擢されたラフ・シモンズ氏(44歳)の、初コレクション発表のショー開催までを追ったドキュメンタリーです。
 初挑戦のオートクチュールの世界でプレッシャーに打ち勝ち、伝統の継承に深い尊敬の念を抱き尊重しながら、新しいことにも果敢に挑戦して自分らしさの追及も試みる姿がリアルに映し出されています。  
「ディオールの宝」と称される熟練したお針子さん達(105名)のドレス制作工程シーンを、とても興味深く見ました。すべて手縫いのドレスは、気の遠くなるような時間をかけて丁寧に作られていて、まるで美術品のようです。ディオール氏ご自身の過去の記録映像やナレーションが数シーン織り込まれているのが効果的でした。その精神や伝統がアトリエの隅々まで感じられ、魂が息づいています。
 映画のクライマックスは、ショーの会場の邸宅の壁一面に飾られた100万本の生花。誰もが感動し圧倒され、やがてショーはスタートします。
 私が最もぐっときたのは、ショーがスタートする直前、突然ラフ・シモンズ氏が会場内を抜け出し、屋上で一瞬見せた涙です。ショー開催まで大きなプレッシャーと闘ってきて、今まさに自分の人生を懸けたショーがスタートしようとしているこの時に、一瞬襲う不安感や恐怖に天を仰ぎ涙を流したのですが、その姿にたまらない気持ちになりました。私など想像も出来ないほどの物凄いプレッシャーの中で、命懸けでやってきたのでしょう。創造するという仕事の厳しさを痛感しました。
  ショーのフイナーレでラフ・シモンズ氏が2度目の涙を流しますが、それは歓喜の涙でした。私も胸が熱くなり、心の中で大きな拍手を送っていました。

2.「Mommy」
 新進気鋭の「天才」と称される25歳の映画監督、グザヴィエ・ドランの注目の作品です。17歳で脚本を書き、19歳の時監督したデビュー作品がカンヌ国際映画祭・監督週間部門に選出され衝撃的デビューを果たしています。今回の作品もカンヌ国際映画祭初コンペで「審査員特別賞」を受賞しています。 演出、脚本、映像、音楽、衣装のスタイリングに至るまで監督自身がコントロールしています。 映画の画面サイズが1×1の正方形のアスペクト比なので、映像を全神経を研ぎ澄ませて集中して観ることになります。
 「母と息子」の愛をテーマに描いています。シングルマザーと息子(ADHD・多動性発達障がい)が極限状態の中で、感情が大きく揺れ動き爆発する描写が非常にリアルで、観ているのが苦しくて辛くなりました。映画のラストが悲劇的なものにならないようにと、ずっと祈りながら観ました。
 終始緊張感があり、胸が苦しくなるほど衝撃的でした。余分なものを一切削ぎ落として、伝えたいことをストレートに突き付けてリアルに表現されていますので、観る人にもそれなりの覚悟とパワーを要求しているように思いました。

 映画を観終えて、25歳の監督グザヴィエ・ドランはこれまでどんな人生を歩んできたのだろうと、とても興味がわきました。映画のパンフレットには数多くのこの監督の写真が掲載されています。美しい憂いのある端正な顔立ちですが、その瞳は暗く深く沈んでいるように感じられました。何か心に深い大きな闇を抱えているように感じられてならないのです。今後の作品も身を削るような心がヒリヒリとするような作品になるのだろうなと、そんな予感がしました。
(事務局 hakko)

48. キャンパスの記憶 (2015.05.23)

 早稲田学報の6月号の特集は「キャンパスの記憶」でした。今は本部構内の建物もすっかり建て替わっていますが、昔の建物の写真も載っていましたので懐かしく観ました。
 その巻頭にいい詩が載っていました。

「友情にまみれた
 恋心を焦がした
 何も持たないからっぽの腕に
 抱える夢だけが途方もなくて
 一本道のスロープの上
 私たちはみんな迷子だった
 野放しの言葉と身体で
 気が遠くなるほど
 無駄遣いした時間
 もう一度あの場所に立ってみたい
 キャンパスの記憶の中に
 初夏(はつなつ)の風をおぼえている半袖で
 (詩人・作詩家  覚和歌子さん)

 学生時代を想い起こすと、授業、自習室、学食や大隈庭園でのダベリ、学外での活動、バイト、アパートなどなど本当に色々なことがありました。私の場合は、抱えきれないほどの途方な夢があったというよりも、大きな不安を抱えながら、自分の存在と方向性を模索していた大きな「迷い子」だったと思います。
 でも、大学時代に多くの人達に出逢い、色々な本を読み、考えて、迷って、行動して、そのことが人生の大きなターニングポイントとなり、紆余曲折を経ながらも今に続く一本の道となっている訳で、本当に大切な日々だったと思います。

 もうあの頃には帰ることはできずに、今では遠い記憶の中に佇むしかありませんが、学生時代のあの思いはいつまでも私の心に残っていて、心を照らしています。

47. 「熊本羅針」6月号の表紙 (2015.05.22)

 熊本県中小企業家同友会の会報誌「熊本羅針」の平成27年月6
月号の表紙に、私の写真が掲載されました。

 写真のタイトルは「花の声」です。
 裏表紙の解説としては、
 「小さな睡蓮が、泥の水面の上に浮いている。
  その清浄さと、気品と、造形の美しさは圧倒的だ。
  存在の不思議に答えはなく、
  人はただ神秘を感じるだけだ。」
  としています。

 一輪の花も、よくみると、感動的な存在です。
 NO.45の星野富弘さんが感じておられることと同じことです。

46. ドローン (2015.05.21)

 最近よく小型無人飛行機ドローンが話題になっていますが、写真や動画撮影をする者にとっては、ドローンを使って空から斬新なアングルで対象の撮影ができるのはとても魅力的なものです。
  私も、これまで実際に、阿蘇の野焼きでは映像会社の人が、くじゅうの大船山の御池では登山者が、ドローンを飛ばしているのを見たことがあります。つい最近では、NO.44のブログの水俣の「棚田のあかり」の時も、見上げると夕暮れの暗い空にドローンが飛んでいるのが見えました。空から撮ったら、きっといい絵が撮れたことでしょう。ドローンは今ではかなり身近なものになっています。

 ドローンはこれからの用途の可能性も多様で、空撮だけでなく、警備用(セコム)、宅配用、測量用、災害救助用などの色々なアイデアが出されています。
 今東京で開催されている国際ドローン展では、自動追尾の自撮りドローン(リリー・カメラ)まであるようです。ネットで製品の動画を見るとかなり魅力的です。さらには、垂直方向だけでなく水平方向にもプロペラを装着して時速150kmの高速で長距離で飛べる大型のものも開発されているようで、これなどは将来的に陸から空への流通・輸送革命に繋がって行くようにも思えます。あるいは、もっと発展して人間が乗れる小型の乗物になれば、空の車になって、自分で空を移動できるようになり、それこそSFで見たような世界が実現するかもしれません。

 ドローンには飛行区域の規制などのルールの明確化、機体の登録制や技能免許制の問題など今後検討しなければならない問題も多くありますが、その将来性は無限で、今後が期待されます。

45. いのちより大切なもの (2015.05.20)

 ブログNO.44で水俣市に出掛ける途中で、芦北町の星野冨弘美術館の看板が目につきましたので、立ち寄ってみました。随分前に一度行っただけで、今回が2回目でした。

 土曜日の午後で花の詩画展が開催されていましたが、訪れている人は私一人しかいなくて、ゆっくりと鑑賞することができました。展示場を出て来ると、係の方が気をきかせて星野さんのDVDを流してくれました。座って20分位見ましたが、見ているうちに思わず涙が流れてしまいました。
 星野さんは、群馬大学を卒業されて、中学校の体育教師だった24歳の時クラブ活動の宙返りの演技中に首から落ちて頚髄損傷を負い、首から下の運動機能を失ってしまいます。そして、9年間の入院生活。体と心の不自由の中で、口に筆をくわえて身辺にあった花の絵を描くことを始めます。
 やがて、小さな草花がこんなにも美しいのかと気付きます。そして、小さな草花も完全に調和していてそこには広大な自然の風景を宿していること、同じ花でも色々な表情をしていて一生懸命に今を生きていること、自分も大きな力に生かされていること、そして親の愛、神の愛に気付くのです。口に筆をくわえて絵を描く日々。愛と感謝の日々です。

 繊細で優しいタッチの花々の絵。添えられた数々の言葉は、優しいながらも、とても凝縮されていて、心の琴線に触れます。「一日一日生かされていることが不思議な営み」という思いで日々を大切に生きておられます。
 星野さんは、聖書の言葉を引用して言います。「苦しみにあえたことは私にとって幸せでした。」と。「いのちが一番大切だと思っていたころ、生きるのが苦しかった。いのちより大切なものがあると知った日、生きるのが嬉しかった。」と。いろいろな体験をされて、すべてのいのちの存在とその大切さを見つめられ、さらには、そのいのちよりも大切なものに気付かれたことは貴重なことです。

 自分にとって、いのちよりも大切なものとは一体何だろうか?
 星野さんの言葉に私は痛烈な問いを突き付けられました。

44. 幻想の中に (2015.05.17)

 今朝いつものように熊日新聞の朝刊を読もうと一面を見たところ「ン?」。見たことがある情景の写真の右上に、私の後ろ姿が写っていました。本人でなかったら気づかないような小ささですが、幻想的な風景の中で佇む後ろ姿はなかなかいいものです。

 これは昨夜、水俣市久木野の寒川地区で、田植え前の棚田を2000本のたいまつの火で照らすイベント「棚田のあかり」があったので、私も写真撮影のために初めて出掛けてみたものです。熊本市から水俣市までも結構時間がかかりますが、場所は水俣市街からさらに15km位山奥に行ったところで、かなりの山奥という感じでした。集落に着くと、道幅が狭いので、車は下の小学校の所に置いて、乗り合いの車が上まで送ってくれましたが、そこからまた少し歩いて行って棚田に着きます。
 棚田は急な斜面に上から下まで無数の石積みで築かれていて、ここまでして耕作をしようとしてきたんだと、先人の苦労が偲ばれました。また、色々な苦労がある中で、先人の思いを受継いで、棚田と水と山の暮らしをを守り続けている多くの地元の方々がいることもよく分かりました(ただ、畦がセメント塗りになっていることには少し驚きましたが)。

 棚田に着くと、一番ポジショニングがよさそうな場所に先に2人のカメラマンが三脚を立ててスタンバイしていました。私はこの2人の少し前方で邪魔にならないようにと気遣いながら撮影をしていましたが、どうやら後方の人は熊日新聞社の写真部の方だったようです。棚田だけだと能がないので、足場が悪い棚田によじ登った私の後ろ姿を素早く入れ込んで、幻想の中に佇む人間の姿を伝えようとしたのであれば、さすがプロという感じです。トリミングをしても構図がいまひとつという感じはしますが、場所が限られるのでやむをえないもので、その表現意図はなかなかいいものです。

 この時の私の作品は今月の写真ブログに載せたいと思いますので、お楽しみ下さい。
(なお、新聞記事の掲載については熊日新聞社の許可済みです) 

43. 映画への旅(5) (2015.05.09)

1.「はじまりのうた」
 当初上映館は5館だけだったのが評判を呼び、1300館まで拡大公開となったという注目作品です。主人公と音楽プロデューサーがライブハウスで出逢うファーストシーンは、映画の要所で視点を変えながら何回か効果的に挿入されていたのが印象的でした。
 ヒロインのキーラ・ナイトレイは、上品な顔立ちとエレガントな雰囲気から、歴史劇への出演が多い女優さんです。今回は、等身大の女性を演じています。シンガーソングライターというミュージシャン役で、吹替えなしでナチュラルな歌声を初披露しているのがとても新鮮でした。
 ニューヨークの街角でアルバムをレコーディングするシーンが数多く登場します。胸がワクワクして生き生きとした楽しい様子がテンポよく描かれています。また、ヒロインの恋模様の行方や、音楽プロデューサーの家族関係の再生などの人間ドラマも描かれています。現代版おしゃれな音楽劇、といった感じの映画です。
 最も楽しめたのは、ヒロインの恋人(歌手役)に抜擢された、アメリカの有名バンド(MAROON5)のボーカル、アダム・レヴィンの歌声です。ハイトーンで表現力豊かな甘い歌声が魅力的で、その歌声がいつまでも耳に残りました。心地よさと清々しさが感じられる、チャーミングな映画でした。

2.「イミティーション・ゲーム」
   ~天才エグニマと天才数学者の秘密~
 「エニグマ」とは、第二次世界大戦時、ドイツ軍の世界最高の暗号のこと。この「エニグマ」の解読に挑んだ天才数学者の実話に基づく物語です。勿論、暗号解読のスリルも十分楽しめますが、私は、天才数学者の人間ドラマの部分が興味深く見応えがありました。同性愛者であることが犯罪だった時代、生き辛さを抱えながら苦悩する様子を、少年期の初恋にまで辿って描いています。
 この映画にもキーラ・ナイトレイが出演しています。複雑な人間性をもつ主人公を、尊重し理解したうえで受け容れ、深く愛する魅力的なヒロインを演じています。
 そして、最も印象的だったのは主演のベネディック・カンバーバッチの熱演です。天才的頭脳の持ち主ですが複雑な人間性をもつという人物像を、奥深く熟練した完璧な演技力で見事に演じていました。緻密な脚本で、見応えのある濃密な作品です。お薦めです。

(事務局hakko)

42. インターネット被害への対応 (2015.05.06)

1.弁護士会館で、日弁連ライブ実務研修の「できるインターネット被害対応(応用編)」(第二東京弁護士会、神田知宏弁護士)のテレビ配信がありました。
 インターネット被害が増加している現状においては、弁護士としても的確な対応力を身に付けておく必要があり、私もこれまでに解説書やDVDを購入して勉強をして来たものではありますが、何せ専門用語が多いこともあり消化不十分だと感じていましたので、更に勉強しようと参加したものです。熊本での参加は3名だけでした(もっとも、今はe-ラーニングの方法もあります)。

2.技術的知識
 インターネットの開示、削除事案の前提となる技術的知識としては、①スクリーンショット(画面の枠が付いた状態でURLがすべて見えるようにしてPDF印刷などをする)、②UserAgentの変更(スマートフォン以外では表示されないウエブページの表示方法、nslookupコマンドでドメインをIPアドレスに変更し、IPアドレスの登録者をWhois(フーイズ)で調べる。IPアドレスとホスト名)、③Whoisの検索結果に示されるCIDER表記について、などの説明がありました。

3.モバイル端末におけるログの保全
 モバイル端末事案では、ログ(通信記録)の保存期間が3ヶ月位と短く、開示訴訟の訴状送達前にログが消去される可能性があるので、フォーム、メール、内容証明郵便などで保存を依頼し、場合によっては発信者情報消去禁止仮処分が必要になります。
 仮処分の場合には、管轄、申立の趣旨、被保全権利、保全の必要性、具体的な疎明方法(スクリーンショット、サイト管理者から開示されたIPアドレス、そのIPアドレスの管理者が誰かを示すWhois(フーイズ)、陳述書など)、審尋、担保(10万円)について説明がありました。
  また、特定の問題として、閲覧用URLと投稿先URLとの違い、投稿先URLの開示請求、読み方などについても説明がありました。

4.実務上問題となる削除と発信者情報開示
 相談が増えているケースとして、①犯罪報道(更生を妨げられない利益。何年後から違法になるのか)、②ハイパーリング(リンク先を示すURL文字列。クリックすると別のウエブページを開く)、③リベンジポルノ防止法4条の削除請求、④Googleなどの検索サイトのキャッシュ(記事のコピーを保有している)の削除依頼、⑤検索結果 (タイトル及びスニペット(まとめ))の削除、⑥サジェスト(キーワード)の削除、⑦ログインIPアドレス、⑧発信者情報開示請求、などが説明されました。
  その他、海外企業の場合の削除請求や開示請求の管轄などについても説明がありました。

5.講義は盛り沢山の内容で、まだまだ勉強不足であることを痛感しました。インターネットの削除請求の場合には、被害者の住所地が不法行為の結果発生地となりえ、熊本でも今後訴訟対応の可能性はありえますので、また関心を持って研鑽に努めたいと思います。

41. 破産管財の現状 (2015.05.04)

 弁護士会から平成26年度の管財人協議会の資料が配布されて来ました。
 裁判所の説明によると、破産事件の新受件数は全国的に平成15年をピークに大幅な減少傾向が続いており、熊本は1012件で、管財率は38.7%、民事再生事件は3件となっています。
 平均処理期間については、法人事件は、申立から開始決定まで0.57月、異時廃止事件は5.84月、配当事件は9.56月かかっています。個人事件は、申立から開始決定まで0.65月、同時廃止事件が0.56月、異時廃止事件が4.07月、配当事件が8.14月、個人再生事件は5.31月となっています。事件処理の迅速化に向けた取組みがなされていてその効果がかなり出ているようですが、ただ、本庁では未済事件がやや増加しているようです。

 このような破産事件の減少傾向に対しては、弁護士会からは、金融機関は平成25年3月の金融活性化法が終了した後も出口戦略として再生支援協議会などを通じて暫定的リスケジュールの方策をとって企業の当面の延命を行っているので、これが行われなくなる平成28年以降になると破産事件が増加するのではないかという意見も出されています。

 その後は、裁判所との間で、申立て遅滞の問題、裁量免責の判断、不動産の任意売却の際の瑕疵不担保特約や暴力団排除条項、財団組入の積立期間、管財人の育成方法などについて協議が行われています。

40. 時の流れの中で (2015.05.04)
 平成27年5月2日、新市街の「ハンク&ベティ」で、高校の時の仲間の祝賀会を行いました。
 菊陽町の人参農家のM君が2年連続で(全国)農業オブザイヤー最高金賞を受賞して熊日新聞にも大きく取上げられ、またU君が4月から西原村の副村長になりましたので、九州内の仲間で2人の祝賀の場を持って旧交を暖めようと企画したものです。
 当日は担任だったH先生にも参加頂いて人数は18名となり、会場は貸切にしましたので、話もはずんで皆和やかに楽しい時間を過ごすことができました。2次会もいい感じでした。
 
 時はあっという間に流れてしまいました。想い出せば、高校時代もつい昨日のことのようです。皆それぞれの分野で活動して色々な人生を送っています。皆、同じ時代に、色々な場所で、こうやって人生を過ごして、共に生きているのだなぁ・・。皆の笑顔を見て、そんなことを感じるだけで、また新しい、生きる力が湧いて来るようです。
 この思いを胸に、またまた明日からしっかりと生きて行こうと思います。
39. ADRの活性化と医療ADR (2015.04.30)

1.平成27年4月22日、日弁連のADR(裁判外紛争解決機関)センターの全体会議があり、その後に引き続いて「全国仲裁センター連絡協議会」がありましたので、参加しました。

2.まず、全体会議では、原発ADR、金融ADR、国際家事ADR(ハーグ条約関係)などについて色々な報告がありましたが、各地の弁護士会のADRについては全体的には利用が減少傾向にありますので、会員一人一人に対してより広報、PRを強化して、従来の分野だけでなく、遺産分割、離婚、介護施設での事故、自転車事故、犯罪被害者との交渉の場としての利用などにも力を入れて行ったらどうか、との有用な指摘がなされました。

3.次に、全国仲裁センター連絡協議会のテーマは「弁護士医療ADRの役割~対話と信頼に向けて」で、各単位会での医療ADRの取組みの現状と方向性について報告やパネルディスカッションがありました。
 弁護士会の医療ADRの利点としては、裁判と比べて対話と相互理解、信頼を通じて患者の多様なニーズに応えることができること、費用と時間と手間がかからないことが挙げられますが、現在は札幌、仙台、東京三会、愛知、大阪、京都、福岡などで行われているだけで、その余の中小単位会では行われていません。当会でも、利用件数は少ないだろうし、医師のあっせん人や専門委員を確保するのはとても無理だろうということで、専門の独立した医療ADRは実施していない状況にあります。
 
 しかし、今回の会議では、意外に色々なことが分かりました。
 ①まず、第1は、弁護士ADRの全体的な利用件数は減少傾向にある中で、東京や愛知では、医療ADRは、裁判所の医療集中部への申立て件数に匹敵するような利用件数があるそうです。
 ②次に、私は、医療ADRにはあっせん数や専門委員としての医師の確保が必要だろうと考えていたのですが、実は、この点については、全く異なる2つの考え方と運用があることが分かりました。
 東京三会は、医師をあっせん人や専門委員として関与させていません。その理由は、医師を関与させると中立性について申立人からの不信が残り中立性への信頼が得られないこと、医師の人員の確保が難しく費用もかかること、むしろ軽量でコンパクトな制度設計の方が望ましいこと、利用者のアンケートの結果でも医師の関与は不要との結果が多いことなどです。
 これに対して、愛知会は、各専門科ごとに約50名の医師の専門委員を確保していて、その費用は弁護士会が負担しているそうです。愛知会では、医師会や医師側代理人との間である程度の理解と協力関係ができているようで、それが利用件数の多さや専門委員の多さに繋がっており、中立性についても問題はないという考えのようです。

 以上から、当会での医療ADRの可能性について考えてみると、医師の関与については東京三会のように関与は不要と考えれば、当会でも立上げは十分可能になります。あとは、医師会や医師会代理人の弁護士に医療ADRの説明と協力をお願いして、ある程度の信頼、協力関係を築くことができるかどうかで、これがある程度成功すれば、利用件数の増加も見込めるかもしれません。

38. 片岡球子展―独創とは (2015.04.30)

1.東京竹橋の国立近代美術館に出掛けてみました。今年は2回目です。常設展の入れ替えでは、何年かぶりで川合玉堂の「行く春」(6曲2双屏風、184㎝×394㎝、重要文化財)に出逢うことができました。見るのはこれで3回目位ですが、いつ見てもいいものです。ずっと絵の前で佇んでいました。

2.特別展では「片岡球子展」が開催されていました。
 片岡球子と言えば、エネルギッシュで色彩豊かな富士山を描くということで、今までも何点かは作品を見たことがありましたが、今回の印象は強烈で、とても感動しました。
 同氏(1905~2008)は、女子美を出て約30年間小学校の教員をしながら制作に励み、当初はオーソドックスな日本画でしたが、次第に個性を開花させて、教師を辞した50歳頃からは、鮮やかな色彩と大胆なフォルム、そして画面から溢れんばかりのエネルギーを表現して、強烈な個性を発揮し、歌舞伎役者、風景、山、富士山、面構え、浮世絵、裸婦などの各シリーズを発表しました。
 今回は大規模な回顧展で、大画面を中心に60点位が展示されていましたが、中でも私が感動したのは山(富士山)(259㎝×182㎝)、火山(浅間山)(162㎝×259㎝)、春の富士(梅)(182㎝×182㎝)の山シリーズでした。大画面の山肌には見たこともないような力強い線と形、色彩が激しく踊っています。山の持つエネルギー、力強さがひしひしと伝わって来ます。具象でありながら抽象的な力強さを持っています。まさに、対象を見たままに描くのではなくて、対象に向き合ってその本質に極限にまで迫ろうとすると、このような表現になるのでしょう。いのちと情熱が弾けています。
 私は久し振りに心から感動して、長い間絵の前に座って見上げて見とれていました。「この圧倒的な表現力はスゴイ、何て素晴らしいんだろう!」と。思わず少しウルウルとして、表現の独創性について、改めて考えさせられました。

 また、同氏の言葉も良かったので、iphoneの手書きメモに残しました。
 子供たちのように自由奔放に
 何ものにも束縛されずに自由
 毎日写生する、写生を生命にする
 見たままでなく感じる
 頭と心が澄みきらないとよい色が見えてこない
 かいて、描いて、描きぬく勉強

  そして、熊本に帰って、更に同氏の本を読んでいると、次のような言葉もありました。
「人のかなしみ、苦しみのときにその人のこころに何かを感じられるような、そういう絵が一枚でも描けたら、と。私は、それを願いながら、これからの毎日を、生き生きと勉強を続けてゆきたい、と思います。」
  本当に素晴らしい作品と生き方だと思います。

37. 白馬岳遭難事件の刑事事件判決 (2015.04.30)

1.平成18年10月に山岳ガイドが催行した北アルプスの白馬岳登山ツアーにおいて中高年の女性参加者4名(熊本2名、福岡2名)が低体温症で死亡した案件について、民事事件については、私が遺族の一部の方から委任を受けて熊本地裁に損害賠償請求訴訟提起して勝訴し、更に福岡高裁では勝訴的和解が成立していますが、今回刑事事件でも、長野地裁松本支部がこの山岳ガイドに対し業務上過失致死傷罪で禁錮3年、執行猶予5年の判決言い渡しました。

2.この山岳ガイドは、民事事件でも自分の過失を争っていましたが、福岡高裁の和解では、自分の過失を認めて原告遺族に謝罪し、今後他の遺族から損害賠償の請求があった場合には誠意を以て対応する旨約束していたものです。しかし、刑事事件では、また懲りもせずに「事故の原因は突然の暴風雨で、急変は予測できなかった」として自分の過失を争っていました。
 刑事事件の判決の前日には、長野の新聞記者から私に、「今回は無罪の可能性もあるようです。」との連絡がありましたので、私の方は、「それは弁護側の希望的な情報ではないですか。(無罪なんて)そんなことはないでしょう。」と答えていました。
 今回の刑事の判決は、私が民事事件で主張したのと同様に、登山者の装備は不十分で悪天候に対応できる装備を持っていなかったこと、前日に天候悪化が予想できる気象情報が出ていたこと、当日も朝から雨が降っていたこと、登山開始後も天候回復の兆しは見られなかったこと、以上からより高く登れば天候悪化が予想され参加者の装備が不十分な状況では低体温症で死亡することは十分予測できたのに、途中の避難小屋に引き返さずにそのまま登山を続行したとして、登山ガイドの無罪の主張を退けています。全く当然の判断だと思います。
 この判決は、山岳ガイドの判決としては重要な判決なので、朝日、毎日、日経などの全国紙でも報道され、NHKのニュース番組でも取り上げられました。なお、山岳ガイドはこの判決には控訴をしたようです。

3.それにしても、この刑事事件の捜査と起訴は対応が遅すぎました。山の現場での実況見分が行われたのは事故後1年も経った後でした。その後の進行も遅々としたものでしたので、遺族側としては、難しい事件なので、警察の担当者が自分が転勤になるまで事件を寝かして先送りをしているのではないかと思う程でした。起訴までには7年位もかかっているのではないかと思います。私も遺族側の代理人として途中で何回も長野県警の大町署に電話をしたり文書を送ったりして、捜査の早期の進展を申し入れました。民事事件の進行中にも私の組み立てた主張書面や資料を送付していましたし、民事事件の判決が出た際にも捜査の参考になるようにと判決文を送付したりしていました。すべては4名もの人が死亡したという重大事案についてガイドを正当に処罰して欲しいという遺族の思いを叶えるためのものでした。今回は遺族のその思いが叶って、私としてもひと安心しました。
 今後はまた東京高裁で刑事事件の控訴審が係属することになりますので、関心を持って見守り続けたいと思います。

36. 「熊本羅針」5月号の表紙 (2015.04.23)

熊本県中小企業家同友会の会報誌「熊本羅針」の平成27年5月号の表紙に、私の写真が掲載されました。

 今回のタイトルは「天空の花園」です。
 解説としては、
「山上は一面にミヤマキリシマが咲き乱れる。
まるで楽園のようだ。
登山者はこの一日に、このひとときに溶けて行く。
そして、人生で本当に大事なものに向かい合う。」
としています。

35. 「司法はやっぱり生きていたか」!?(高浜原発差止仮処分) (2015.04.22)

1.平成27年4月14日、福井地裁で関西電力高浜原発3号機と 4号機の運転差止めの仮処分命令が発令されました。
 この件については、報道でも大きく取り上げられましたが、なぜか新聞各紙を見ても仮処分の詳しい判断理由については報道されていないようでした。それでこの仮処分決定の全文を読んでみました。本文が46ページ、別紙資料が19ページ位ある大部なものです。

2.前提事実の認定
 まず争いのないまたは容易に認定できる前提事実として、①原子力発電所の仕組み、②本件原発の構造と発電の仕組み、③使用済み核燃料の問題、④本件原発に係る安全性の審査の経緯と方法、⑤新規制基準と再稼働申請、⑥チェルノブイリ原発事故の被害状況、⑦東日本大震災及び福島原発事故の被害状況、⑧日本の原発に基準振動S1、S2、SSを上回る地震が到来した事例、⑨大井原発に係る福井地裁H26.5.21判決の存在、などが認定されています。

3.争点に対する裁判所の判断
 争点に対する判断の要点は次のとおりです。
 ①原子力発電所の特性
 原子力発電所は、発生されるエネルギーは膨大であり、内  部に貯蓄されている放射性物質も多量である。そのために、運転停止後も電気と水で原子炉の冷却を継続させなければならず、その間に何時間か電源が失われただけで事故につながり、一旦発生した事故は時の経過に従って拡大して行くという性質を持っており、これは他の技術とは異なる原子力発電に内在する本質的危険である。
 したがって、原子力発電所の安全を確保するためには、施設の損傷に結び付きえる地震が起きた場合に(ア)速やかに運転を停止し(止める)、(イ)運転停止後も電気を利用して水によって核燃料を冷却し続け(冷やす)、(ウ)万が一に事故が発生したとしても放射性物質が敷地外部に漏れ出すことがないように(閉じ込める)しなければならない。
 しかし、本件原発には、次のように地震の際に「冷やす」機能と「閉じ込める」という構造に問題がある。
 ②冷却機能の維持について
 (ア)973.5ガルを超える地震が来れば、交流電流によって水を循環させて冷却するシステムは崩壊し、非常用設備等による補完もほぼ不可能となり、炉心損傷を経てメルトダウンが発生する危険性が極めて高く、ひいては原子力核納容器の破損、水素爆発等により大量の放射能が施設外部に拡散し、周辺住民は被爆を避けるため長期間の避難を要することになるのは確実である。
 ところが、日本の地震学会においては、このような規模の地震の発生を一度も予知できていないことは公知の事実である。地震の過去のデーターは極めて限られており、地震学には頼るべき資料が少ないので、本件原発には973.5ガルを超える地震は来ないとの確実な科学的根拠に基づく想定は本来的に不可能である。
 そして、むしろ、日本で記録された最大の震度は岩手宮城内陸地震における4022ガルで、973.5ガルを遥かに上回っていたこと、同地震は高浜でも発生する可能性があるとされる内陸地殻内地震であることからすれば、高浜原発にも973.5ガルを超える地震が到来する危険はある。
 関西電力は、本件原発に過去に到来した地震と既に判明している要因だけを考慮の対象とし、ほぼ確実に想定できる事象に絞って対処することが危険性を厳密に評価するものであって、それが科学的だとの発想に立っているが、その結果は既に他の原発で実際に発生した地震についてさえこれを軽視するという不合理な主張を繰り返している。
 (イ)基準値振動である700ガルを超えるが973.5ガルに至らない地震についても、関西電力はまずこれは炉心損傷に結びつく原因事実になるものの、有効な手段を打てば炉心損傷に至らないと主張するが、その根拠は乏しい。
 関西電力の主張する対策は、事故原因に繋がる事象の全てを取上げているとは認め難いうえ、これらの対策を原子力発電所の従業員が適切かつ迅速にとることについては多くの困難を伴う(その理由は、人員の稼働体制、事故原因把握の困難性、対策の時間的切迫性、緊急対策のうちいくつかは緊急時にやむを得ずとる手段で普段からの訓練はできないこと、防衛的な手段のシステム自体が地震によって破壊される可能性、放射性物質への接近の困難性、地震による外部交通寸断の可能性などを詳細に説明)。
 次に、関西電力は、活断層の状況等を勘案した場合の地震学上の理論上導かれる最大数値が700ガルであり、そもそも700ガルを超える地震が到来することはまず考えられないと主張するが、全国で20箇所にも満たない原発のうち4つの原発に想定した地震動を超える地震が平成17年以降10年足らずの間に5回に亘り到来している事実を重視すべきである。原子力規制委員会は、16回の地震のうち最も大きい前記岩手宮城内陸地震については地域的特性が違うということで考慮しないまま本件原発に起こる地震動を想定しているが、これは恣意的で信頼性に乏しい。この点でも本件原発の基準地震動の信頼性は薄い。そして、そもそも万一の事故に備えなければならない原子力発電所の基準地振動を地震の平均像を基に策定することに合理性は見出し難いから、基準地振動はその実情のみならず理論面でも信頼性を失っている。
 さらに、関西電力は5例の地震によっても原発の安全上重要な施設には損傷が生じなかったことを前提に、原発の施設には安全余裕があるのでたとえ基準地振動を超える地震が到来しても直ちに安全上重要な施設の損傷の危険性はないと主張している。しかし、そもそも前提とする主張自体が立証されていないうえ、安全余裕の意味自体が明らかでないし、一般の設計思想と異なり原発の設計には特有の設計思想や設計の実務があることや原子力規制委員会で安全余裕を基準とした審査がなされていることについての証拠もない。
 また、平成14年6月の中央防災会議では、「内陸部で発生する地震のうち、M7.3以下の地震は、活断層が地表に表れていない潜在的な断層によるものも少なくないことから、どこでもこのような規模の被害地震が発生する可能性があると考えられる」と指摘されているし、同20年12月の同会議の専門調査会の報告書では、活断層が地表で認められない地震規模の上限はM6.9を想定するとされた。そして、証拠によれば、M7.3では勿論M6.9以下であっても700ガルをはるかに超える地震動をもたらすことがあると認められる。
(ウ)基準地震動である700ガルに至らない地震について、外部電源と給水ポンプの双方が同時に失われるの恐れがあり、補給給水設備についても限界があり不確実性があり、関西電力が主張する対策の措置ではいずれか一つに失敗すると炉心損傷に至るか少なくとも危機的な状況に陥ることになるので(第一陣の備えが貧弱で、第二陣、第三陣の備えがないので、いきなり背水の陣となってしまう)、事態の収束は困難である。
 基準地震動についは、基準地SS未満の地震であっても重大な事故に直結する事態が生じ得るというのであれば、基準値としての意味がなく、本件原発に基準地地震動である700ガル以上の地震が到来するかしないかという議論さえ意味の薄いものになる。
(エ)(小括)日本列島は4つのプレートの境目に位置しており、全世界の地震の1割が狭い我が国の国土で発生する。日本国内に地震の空白地帯は存在しない。各地の原発敷地外に幾たびか到来した地震や各地の原発敷地に5回に亘り到来した基準地震動を超える地震が高浜原発には到来しないというのは根拠のない楽観的な見通しに過ぎない。
 さらに、基準地震動に満たない地震によっても冷却機能喪失による重大事故が生じるというのであれば、そこでの危険は、万が一の危険という領域をはるかに超える現実的で切迫した危険と評価できる。(現在の)施設のあり方は原子力発電所が有する前記の本質的な危険性についてあまりにも楽観的と言わざるをえない。

③閉じ込める構造(使用済み核燃料の危険性)について
(ア)使用済み核燃料は、原子炉から取り出された後の核燃料であるが、なお崩壊熱を発し続けているので、水と電気で冷却を継続しなければならないが、その危険性は極めて高い(福島原発事故の例)。
(イ)使用済み核燃料は本件原発においては、容器の外の建屋内の使用済み核燃料プールの水槽内に多量に置かれており、使用済み核燃料プールから放射性物質が漏れた時、これが原子力発電所敷地外部に放出することを防禦する原子力核納容器のような堅固な設備は存在しない。
(ウ)関西電力は、使用済み核燃料は通常40℃以下に保たれた水により冠水状態で貯蔵されているので冠水状態を保てればよいだけで堅固な施設で囲い込む必要はないとするが、失当である。
 冷却水が失われて冠水状態が保てなくなる冷却水喪失事故の場合の危険性は原子炉核納容器の一次冷却水の配管破断の場合と大きな違いはない。むしろ使用済み核燃料は原子炉内の核燃料よりも核分裂生成物(いわゆる死の灰)をはるかに多く含むから、被害の大きさだけを比較すれば使用済み核燃料の方が危険であるともいえる。使用済み核燃料も原子炉核納容器の中の炉心部分と同様に、外部からの不測の事態に対して堅固な施設によって防護を固められる必要がある。
 次に、冷却水喪失事故ではなく、全電源が喪失し空だき状態が発生している場合においては、核燃料は5時間余りで炉心損傷が開始するのに対し、使用済み核燃料の危険性は時間単位で発生するものではない。しかし、上記のとおり、関西電力の主張する安全余裕の考え方は採用できず、地震が基準地震動を超えるものであれば勿論、超えるものでなくても使用済み核燃料プールの冷却設備が損壊する具体的可能性がある。また、前記に適示した原子炉の冷却機能の問題点に照らすと、使用済み核燃料プールが地震によって危機的状況に陥る場合にはこれに並行してあるいはこれに先行して隣接する原子炉も危機的状況に陥っていることが多いことを念頭に置かなければならないのであって、このような状況下において確実に給水作業ができるとは認め難い。
 本件使用済み核燃料プールにおいては、全電源喪失から2日余りで冠水状態が維持できなくなる。我が国の存続に関わるほどの被害を及ぼすにも関わらず、全電源喪失から2日余りで危機的状況に陥る。そのようなものが、堅固な設備によって閉じ込められていないまま、いわば剥き出しに近い状態になっているのである。
 なお、関西電力は、上記認定を含む当裁判所の各認定が具体的な蓋然性の検討をしていないままなされており抽象的な危険性の認定にとどまっていると主張しているが、当裁判所の認定はその多くが福島原発事故において実際生じた事実乃至生じるおそれがあった事実を基礎に置くものであるから、関西電力の主張は当を得ないものである。
(オ)(小括)使用済み核燃料を閉じ込めておくための堅固な設備を設けるためには膨大な費用を要するという(考えは)、国民の安全が何よりも優先されるべきものであるとの見識に立つのではなく、深刻な事故はめったに起きないだろうという見直しのもとに成り立っているといわざるをえない。

④本件原発の現在の安全性
(ア)上記に適示したところによると、本件原発の安全施設、安全技術に多方面にわたる脆弱性があるといえる。そして、この脆弱性は、①基準地震動の策定基準の基準を見直し、これを大幅に引き上げ、それに応じた根本的な耐震工事を実施する、②外部電源と主給水の双方について基準地震動に耐えられるように耐震性をSクラスにする、③使用済み核燃料を堅固な施設で囲い込む、④使用済み核燃料プールの給水設備の耐震性をSクラスにする、⑤免震重要棟の設置、という各方策がとられることによってしか解消できない。
(イ)原子力規制委員会にこれらの各問題について適切に対処し本件原発の安全性を確保する役割を果たすことが求められているが、同委員会が策定した新規制基準は上記のいずれの点についても規制の対象としていない。
 免震重要棟については、猶予期間が設けられているが、地震は人間の計画、意図とは無関係に起こるものである以上、かような規制方法に合理性がないことは自明である。そのため、本件原発の危険性は、原子炉設置変更許可がなされた現在に至るも改善されていない。
(ロ)設置変更許可をするためには、申請に係る原子炉施設が新規制基準に適合するとの審査を受けなければならないが、同基準の趣旨は、原子炉施設の安全性が確保されないときは、当該原子炉施設の従業員や周辺住民の生命、身体に重大な危害を及ぼす等の深刻な災害を引き起こすおそれがあることを鑑み、このような被害が万が一にも起きないようにするため、原子炉施設の位置、構造及び設備の安全性につき、十分な審査を行わせることにある(最高裁H4.10.29判決)。そうすると、新規制基準に求められるべき合理性とは、原発の設備が基準に適合すれば深刻な災害を引き起こすおそれが万が一にもないような厳格な内容を備えていることであると解すべきことになる。
 しかしながら、新規制基準は緩やかにすぎ、これに適合しても本件原発の安全性は確保されていない。新規制基準に合理性を欠くものである。そうである以上、その新規制基準に本件原発施設が適合するか否かについて判断するまでもなく、住民の人格権侵害の具体的危険性が肯定できるということになる。要するに具体的危険性の有無を直接審理の対象とする場合でも、規制基準の合理性と適合性に係る判断を通じて間接的に具体的危険性の有無を審理する場合のいずれにおいても、住民らの具体的危険性が肯定できるといえる。

⑤保全の必要性について
 本件原発の事故によって住民らが取り返しのつかない損害を被るおそれが生じることになり、本案訴訟の結論を待つ余裕がなく、また、原子力規制委員会の上記許可がなされた現時点においては、保全の必要性は肯定できる。

⑥結論
 以上のとおり、住民らの仮処分申請を認定すべきである。
(本案の性質上、住民らに保証金の担保を求めることは相当でないので、求めない)
                                     以上

 これ以上ですと長くなりますので、私のこの仮処分命令についての感想は、次回に書きたいと思います。

34. 映画への旅(4) (2015.04.21)

1.「妻への家路」(英題は「Coming Home」)
 チャン・イーモウ監督作品。チャン・イーモウ監督と公私共にパートナーのコン・リーが主演です。文化大革命によって20年間引き裂かれた夫婦の物語です。20年後に再会した時、妻は記憶障害を患い妻の記憶の中に夫の記憶を失っていたという切ない物語です。
 文化大革命中、収容所に収容されていた夫が20年振りに妻との再会を果たしますが、記憶障害を患っている妻にとっては目の前の夫は他人でしかないのです。妻はただひたすら辛抱強く夫の帰りを待ち続けることが、夫に対する変わらぬ愛情の証しであるかのようです。夫は妻と触れ合うことも共に暮らすこともできませんが、妻の心にそっと寄り添いながら静かに見守り続けます。何て心優しくて愛情深い人なのでしょう。
 映画のラストシーンはハッピーエンドではありませんが、夫婦が共に同じ方向を一心に見つめ続けます。夫婦がそれぞれの想いと愛し方で、共に同じ時間を共有することの幸せを感じさせます。妻が記憶障害を患ったことで、かつての夫婦の関係に戻ることは出来ませんが、何か昔よりももっともっと深くて新しい関係が結ばれているように私には感じられました。夫の深い愛情に包まれていることを理解できずにいる妻ですが、実はとても幸せな人生を送っているのかもしれません。また、夫も、いつまでも夫を待ち続けている妻のひたむきさや一途な想いが愛おしくてならないのかもしれません。
  私は映画を観終わって、この映画が悲劇だとは思えませんでした。ある過酷な状況に置かれた夫婦が強い絆で結ばれ、それぞれの愛し方でいつまでも変わらずに愛し続ける夫婦愛の物語だと思いました。(上映は、5月8日までです。)

2.「パレードへようこそ」
 1980年代のイギリス・ヨークシャー州の炭鉱労働者のストライキに支援を思い立った、一人の青年を中心としたマイノリティの集団が団結して大きなパワーを巻き起こす、という実話を題材とした物語です。登場人物の多い群集劇になっていますが、ひとりひとりが抱えた社会的偏見による深い悩みや苦しみなどが、バランスよく的確に描かれています。また、2つの集団が幾多の障害を乗り越えて、お互いの立場を理解し合い、受け容れ、交流し、団結し、行動して行く過程がユーモアを交えながらあたたかな視線で描かれています。

 この映画は、異質なものを受け容れる寛容さの重要性を教えてくれています。私が最も感銘を受けたシーンは、老齢の炭鉱労働者の夫が、ある重大な告白を妻にするシーンです。夫の告白を聞いた妻は驚いた様子もなく「前から知っていたわ。」と一言だけ言います。この映画のテーマのひとつでもある「受容」や「寛容」と深く関わる予想外の重大な告白シーンに、私は思わず心の中で「えぇー!」と驚いてしまいました。夫が誰にも打ち明けられずに長年抱えて来た重大な秘密を、妻は深い愛情と思い遣りの心で受け止めるのです。そして、今後も夫婦の温かな関係は今まで通り続くことを予感させます。短いシーンですが深い余韻の残る印象的なシーンでした。 
 映画全体に流れる温かな空気感が心地よくて、胸熱くなる満足度の高い見応えのある作品です。
(事務局 hakko)

33. 今も青春 (2015.04.20)

 先日、私がお世話になっているスポーツジムで時々お会いするSさんと一緒にお食事をする機会がありました。Sさんは現在94歳です。今年誕生日を迎えられると95歳になります。スポーツジムの会員の中では最高齢の方です。数年前に奥さまを亡くされてから一人暮らしをされています。スポーツジムには、横手のご自宅から自転車に乗り上熊本にあるスポーツジムまで週3回通い、日々のトレーニングを黙々と頑張っておられます。

 Sさんの現在の目標は、「東京オリンピックまで生きて、見に行くこと。」だそうです。お父さんも100歳まで生きられて、お姉さんも昨年亡くなられたとのことですので、もともと長寿の家系のようです。Sさんはご自分が長生きできた最大の理由は、銀行員時代に車の免許は持っていたものの車を購入をしなかったので、公共交通機関を利用したりしながらよく歩いたのが良かったのだろうと言われていました。

 Sさんは何でも美味しそうによく食べ、会話を楽しまれ、快活で知的で聡明な方です。趣味は俳句(2冊出版)、写真、ヨガ、詩吟など多趣味です。食事の後、カラオケをご一緒させて頂きました。張りのあるよく響く大きな元気な声で、布施明の「霧の摩周湖」や美空ひばりの「みだれ髪」など、次々に歌う姿にビックリしました。周囲の方々からも大歓声が飛んでいました。

 最後にもうひとつ、お元気なパワーの秘密を発見しました。ジャケットの胸ポケットから出されたカメラに保存してある写真の中に、その秘密が隠されていました。お子さん、お孫さん、曾孫さん達の微笑ましい写真と共に、韓流ドラマのお気に入りの女優さん達の写真が多数ありました。「韓流ドラマを見ながら撮影した。」と満面の笑みを浮かべながら話されました。もしかしたら、ドラマの中の女優さん達に恋をしながらご覧になっているのかもしれません。94歳でも「今も青春!」。いつまでもときめく心を大切にされているなんて、とっても素敵だなと思いました。
新しい発見もあり得るものが多く、有意義な時間を過ごさせて頂きました。
Sさん、益々お元気でお過ごし下さい。
(事務局 hakko)

32. 特撮博物館 (2015.04.13)

 27年4月12日(日)、熊本市現代美術館で開催されている「特撮博物館」を鑑賞しました。
 アニメ「エヴァンゲリオン」シリーズで有名な庵野秀明氏が博物館の館長を務めています。タイトルの副題は、「ミニチュアで見る昭和平成の技」です。今やCGやVFX全盛の時代となり、ミニチュア特撮は非常に貴重なものとなっていますので、日本の「特撮」の素晴らしさを未来へ継承したいという、庵野氏のひたむきな想いから企画がスタートしたそうです。

 西日本・九州エリアでは熊本が唯一の開催地で、全国巡回の最終会場になっていますので、連日、多くの人で賑わっています。懐かしい「ゴジラ」、「モスラ」、「ウルトラマン」や、最新の「巨神兵」など、500点以上の多様な作品を鑑賞することが出来ます。破壊された都市や日本家屋の屋内などが緻密に製作されています。これだけの大規模なミニチュアを見たのは初めての経験で、胸がワクワクしてとても新鮮でした。日本の特撮技術のレベルの高さ、熱意、職人技の凄さに圧倒されました。

 会場の入口付近と会場内の1カ所の計2ヶ所が撮影OKなので、私も大いに楽しみながら写真撮影をしました。右上の写真はそのときのものです。出口付近では、思いがけず「怪獣ブースカ」の大きな人形も見ることが出来ました。子供の頃の懐かしい思い出が甦って、楽しいひと時を過ごすことが出来ました。
 何事も、熱中している人たちの作品はいいものです。

31. 映画への旅(3) (2015.04.12)

 「陽だまりハウスでマラソンを」(ドイツ映画)

 主人公は、かつてメルボルン・オリンピック競技で金メダルを獲得した、国民的英雄であり伝説のマラソンランナーです。しかし、今はすっかり老齢となり、一人娘が仕事で多忙なため、やむなく病弱な妻と二人で介護施設に入所します。介護施設での単調で退屈な日々に耐えられず、元・夫のコーチだった妻と二人で、ベルリン・マラソンに出場するという大きな夢を抱くというお話です。 介護の問題点、夫婦の愛情の深さや思い遣り、夫婦の別離の時、喪失感からの再生、夢や希望を抱くことの大切さなど、見応えのあるポジティブ・ムービーです。

  私は、主人公が妻に「わしらは風と海だ。」と何度かつぶやくシーンがとても印象的でした。時には愛おしげに見つめ、またある時には優しく抱きしめ、寄り添い合う。決して多くを語らなくても、お互いの気持ちが十分通じ合っている。長い年月、共に同じ方向を見つめながら生きて来た老夫婦。残り少ない人生の中、お互いを愛しげに慈しみ合う、しみじみとした深い愛情が伝わって来ました。
 夫の意思を尊重して、病弱な妻が夫の夢を叶えるために黙々と尽くす姿も忘れられません。そして、夫の最高の理解者だった最愛の妻との別離のシーンは、観ていて本当に辛くて心が痛み胸が締め付けられるような思いがしました。そんな深い絶望感と喪失感から精神が錯乱した状態になった主人公が、マラソンを通して、再び夢や希望を抱き、再生して行くという感動的な作品です。

  タイトルにもあるように、この映画にはマラソンシーンが数多く出て来ます。主人公が黙々と走っている姿を見つめながら、走ることは生きることと同じだと思いました。途中で苦しいこともある、止めたくなることもある。「どうして走っているの?」と訊ねられたなら、「よく分からないけれど、とにかくゴールを目指したい。」だけなのかもしれません。幾多の心の葛藤に耐え抜いてゴールした時の満足感と達成感は、ゴールした者しか味わえない得がたい大きな感動なのでしょう。
 本当の生きる意味も、正面から問われれば、誰でもはっきり答えられないかもしれません。でも、色々考えたり悩んだりするよりも、与えられた命を大切にして、一生懸命に必死に生きてみること。そうすれば、人生のゴールの時には、人生の苦難さえも素敵な思い出と言える、人生のご褒美のような何か素晴らしい瞬間に出逢えるかもしれないような気がします。
 「 観て良かった!」と心から思える作品です。上映はDenkikanにて4月17日(金曜日)までです。お見逃しなく。
(事務局 hakko)

30. 今日が一番。楽しく生きる (2015.04.12)

 タレントの所ジョージさんは、おおらかさがいいですね。いつも楽しそうです。
 以前、テレビのインタビューで「せっかく生まれて来たんだから、何だって楽しい。」みたいなことを言っていましたが、先日のNHKの朝の番組でも、「今日が美しい、今日が一番。今を楽しく生きる。今日を充実させ、明日は再スタートする。過去や未来を求めると今がなくなってしまう。何でも楽しいし、何でもやる(STEPを踏み出す)。おおらかに生きる。」などと、楽しく語っていました。
本質的でいいことを言っています。

 確かに、私達の存在や時間は、過去でも未来でもなく、「今、ここ」にしかありません。それなのに、私達は応々にして大切なこの今を忘れて、過去や未来について考え不安を抱えて思い悩んでしまうのです。「大切な今に集中する」こと、そして、生き物は限られた存在ですから、「すべての価値や評価に捉われずに、自由に楽しく生きる」こと、それできたらもう人生の達人、悟ったのと同じことでしょう。まさに、今日一日がすべてだった、何をやっても楽しかった、子供のような心を取り戻して生きたいものです。そんなことを考えさせられる、いい発言でした。

 そう言えば前にもそんなことを言ってたなと思って、メモ帳を見てみると、平成19年の新聞記事でも同じことを言っていました。
 「みんな何のために生きるのかと悩んで行き詰る。でも、悩むことが生きている意味で、模索しているのが答え。それに気付けば何でも楽しい。」。ここまで来ると結構深いです。
 「昨日と違うことを必ず見つけようと思わなければダメ。」、
 「みんな昔は良かったというけれど、今が一番いいに決まっている。いつかはみんな死んじゃう。いっぱいやりたいことがあるので、私は慌てて生きている。」

29. 人生の変革 (2015.04.12)

 先日、朝日新聞の土曜版「be」の「映画の旅人」に黒澤明監督の「生きる」が特集されていました。私がこの映画を最初に見たのは、学生時代の新宿の安い名画座で、これまでに3~4回は見ました。今までの人生の中で一番印象に残っている映画はと聞かれれば、私は迷わずこの映画を挙げます。

 主人公は志村喬演じる市役所の課長で、仕事への情熱もなく、生きる目的もなく、毎日書類に印鑑を押すだけの安穏とした人生を送っていましたが、あるとき胃ガンだと分かり、自分は限りある命であると分かります。そして、絶望と不安の中で、人生の意味を見失い、貯金をおろして夜の街を彷徨ったりしますが、それも所詮は虚しいものです。
 そんな中で、偶然、市役所の元の部下で、今は玩具会社の作業員として働いている若い女性と出逢うのですが、若い彼女の奔放で自由な生き方とピカピカ輝いている弾けるような強烈な生命力に心を打たれます。そして、彼女の「課長さんも何か作ってみたら。」という言葉に突き動かされて、はじめて「限りある命の自分にもまだできることがある」と気づいて、行動をする決意をします。まさに、絶望と失意の中でこの人生の気づきと決意をしたことによって、彼は自分の人生を変革することになるのです。その後は、今まで住民の陳情があっても役所でたらい回しにされていた公園を作る事業を、色々な妨害や脅迫にも屈することなく完成させます。
 そして、自分の仕事を成し遂げて公園が完成した後の夜、雪が降る中で、彼は公園のブランコにゆっくり揺られながら、自分の人生を感慨深げに思い浮かべて、「ゴンドラの唄」を歌います。「命短し 恋せよ乙女、赤き唇 褪せぬ間に、熱き血潮の 冷えぬ間に 明日の月日は ないものを…」。そして、ブランコに揺られながら、一人静かに死んで行くのです。最期は、気づきと再生をしたいい人生で、きっと満足の行く死だったでしょう。

 でも、どんな心に残る作品を見ても、人生はそうたやすく変わりません。すぐに日常の生活に流され、作品も遠い記憶の中にしまい込まれて、時々思い出す程度のことになってしまいます。それは、まるで、映画の中に出た部下達が、一旦は主人公の最期の生き方に感心はしたものの、その翌日からはやはり何も変わらない元通りの安穏とした生き方をして行くのと同じです。
 病気は「人生を変えろ」というメッセージだと言われますが、大きな病気とかその他の重大な事柄に出逢って、自分と自分の人生を根本から見つめ直して、覚悟と決意をしなければ、おそらく転換は起きないでしょう。そして、すぐに少しずつでも行動しなければ、人生は何も変わらないことでしょう。でも、それができたら、人生は大きく転換、変革し、このひと時の大切さを実感して、毎日が「生きる喜び」に満ちた充実したものになることでしょう。私も変わっていくのにかなり時間がかかりました。
 「想念は人生を創る」、「習慣は人生を創る」。せっかくいい作品に出逢ったら、いい転換(再生)の機会にしたいものです。

28. 映画への旅(2) (2015.04.08)

「ジヌよさらば~かむろば村へ~」

 Denkikanで上映されている映画です。
 お金で人生を狂わせてしまう人々の姿を幾度も目の当たりにした元銀行員の若者が、お金恐怖症を患ってしまいます。それで、都会での生活を捨てて、一切お金を使わない生活を目指して、東北の限界集落である「かむろば村」(神室場が語源)に移住します。大きな自然と静けさ、そして、そこで出逢う個性的で温かい村民達との交流を通して、村民の幸せのために生きる決意をする若者の姿を描いた映画です。

 鬼才・松尾スズキ氏が監督・脚本・演出を担当し、NHK朝ドラ「あまちゃん」ですっかり有名になった劇団「大人計画」の個性的な劇団員の方々が総動員されています。その他にも個性的な俳優の方々が多数出演されています。小ネタが満載で、ワンカットたりとも見逃せません。松尾スズキ氏が作曲されたラテンの軽い乗りのBGMが流れる中、ほのぼのとしてクスクス笑えるシーンが多いのですが、ほろっとするシーンもあり、素敵なファンタジーに仕上がっています。

 主演の松田龍平さんは、「ただ生きるだけ」というスローガンを掲げ、脱力感のある中にも秘めた生きる底力を感じさせ、独特な存在感を醸し出していました。阿部サダヲさんは、今回はいつものコミカルなイメージとは違って、荒っぽくて豪快な新しい一面を見せていて新鮮です。村民の幸せのために生きることに喜びを見出している村長さんで、とっても逞しくてかっこいい役です。西田敏行さんは、不思議な予知能力があり、「神様」と村民から呼ばれ尊敬されている村の長老です。映画全体の狂言回しのような重要な役です。映画の後半で、神様だけが入浴できるという秘湯に入浴中、自分の死を予感して一瞬天を仰ぎ、「人間っていいな、終わりがあるから・・・」と一言つぶやき、満足気な表情で静かに安らかに死を迎えるというシーンがありました。私は、何ていいシーンなんだろうと思い、胸にジーンと来るものがありました。

 コメディですが、「自分を捨てて、人の幸せのために生きる」という、生きることの本質がきちんを描かれている作品です。お薦めです!
(事務局 hakko)

27. 予期せぬ訪問者 (2015.04.07)

 今日事務所で仕事をしていると、夕方、パウンドケーキの自転車販売で有名な「ア・ラモート」のアラモトさんが事務所に来られました。事務所の近くのお宅と熊大付属小学校の先生方に、パウンドケーキを届けるために事務所の前を通られたので、ご挨拶に立ち寄られたものでした。

 以前、この事務所ブログ(NO.11)で、アラモトさんが一生懸命に自転車をこぐ姿を偶然見かけた時に、逞しさと情熱が強烈に伝わって来て、何か信念にも近いものを持って一心に生きている人の姿はとても美しいものだとブログを書きましたが、アラモトさんは、そのブログの記事のコピーを手に持っておられました。そして、その記事を「いつも肌身離さず持っています。」と言われて、日焼けした顔に満面の笑みを浮かべておられました。
 お忙しい中をわざわざお立ち寄り頂いて、アラモトさんの誠実なお人柄が伝わって来ました。買い求めたパウンドケーキは、アラモトさんの実直なお人柄そのもののような味わい深い味がしました。
 ますますお元気で活躍されるように祈念しています。

26. サクラ便り (2015.04.06)

 平成27年4月4日と5日は、事務所旅行でした。今回は、東京の千鳥ヶ淵の桜見物が目的で、急遽2日前に決めたものでした。

 数年前に、千鳥ヶ淵で撮影した時は桜が満開で、桜のお堀の水面への散り具合もとても美しかったのですが、今回は前日の強風で桜がかなり散ってしまっていて残念でした。それでも何点かは作品として撮ることができました。その一部は写真ブログにアップしていますので、ご覧頂ければ幸いです。

 また、日本橋高島屋デパートで、遠藤湖舟氏の写真展「天空の美、地上の美」が開催されていましたので、鑑賞しました。天体から身近な美までを見つめて撮影した写真130点を、大型プリント、アクリルボード、映像、屏風、掛け軸、帯など、様々な手法で表現されていて、何点かは感じるものがありました。
 あわただしくて事務局の皆さんにはご迷惑をお掛けしましたが、春を感じるいい旅でした。 

25. 春爛漫 (2015.03.31)

 熊本市内の桜は満開の時を迎え見頃となり、美しく咲き誇っています。
 事務所のガーデンも、植替えをして、春の花々に囲まれています。淡いピンクのバラやマーガレットが、突然降り出した雨に濡れてしっとりとした美しさを際立たせています。

  4月は、旅立ちや新しい出逢いの季節でもあります。旅立ちと出逢いを祝福する、希望に満ちたガーデンでありますようにとの願いを込めました。
(事務局 hakko)

24. 映画への旅(1) (2015.03.31)

 坂本の提案で、今回から時々事務局の方でDenkikanで上映される上質な映画を中心に映画評を掲載させて頂くことになりました。
 私は学生の頃より映画が大好きで、年間に映画館で観る映画の本数は100本近くになります。映画を観ることが生きるうえでの大きな楽しみであり生き甲斐でもあります。映画評を掲載させて頂ける機会を与えて頂き感謝致します。

1. 1作目は、「おみおくりの作法」です。
  主人公は、イギリスの中年の冴えない独身の公務員(地区の民生係)で、孤独死をした人たちの葬儀や部屋の跡片付けの仕事をしています。傍目には冴えなくても、孤独死した人たちの人生を思い、毎日愛といたわりを持って淡々と丁寧な仕事をしています。映画では、始めはこの中年男性の淡々とした日々の仕事や生活習慣が繰り返し静かに描かれます。映画の内容からすると、原題の「STILL LIFE(静かな生活)」の方がやはりしっくりします。
 やがて主人公は、解職を言い渡され、最後の仕事としてひとりのグリーンベレー上がりの老人の人生を調べることになりますが、その過程で、色々な人の色々な人生に出会い、そして感じて行くうちに、少しずつ自分の考え方も生活習慣も服装も変えていけるようになり、そして遂には恋人までできそうな状況になって、明るい希望を予感させます。
 ところが、状況はラスト近くになって一転して、思い掛けない程の急展開をします。しかし、その直後の1分間ラストシーンでは、この悲劇的状況ををカバーするために予想もしなかったシーンが用意されていて、余韻の残るしみじみとした作品に仕上がっていました。
 人間に対する深い思いやりを持って誠実に自分の仕事をする人のと姿と、「死を見つめ続けることで生が輝く」という作品のテーマが、しっかり伝わってきました。主人公を演じた個性的な実力派俳優エディ・マーサンは、黒澤明監督作品「生きる」の主人公を演じた志村喬氏のような、味わい深い演技でした。

2. 2作目は、「薄氷の殺人」です。
  原題は「黒い石炭、白昼の花火」です。元刑事の主人公が未解決連続殺人事件の謎を追いながら、謎の危険な香りのする女性との恋愛模様を絡ませるという、一件語り尽くされたようなテーマの刑事物語ですが、興味が尽きることなくラストシーンまで楽しめました。殺人事件の契機となったのが、中国の格差社会によるひずみである点も興味深かったです。
  主人公を演じたリヤオ・ファンの逞しく荒削りな力強さに圧倒され、久し振りに存在感のある個性的で演技力の高いアジアの俳優の存在を知りました。つい先日(3月25日)マカオで開催された「第9回アジアフィルム・アワード」でも、ベルリン国際映画祭での金熊賞(作品賞)と銀熊賞(主演男優賞)のダブル受賞に続き、主演男優賞を受賞していました。
  余談ですが、「アジアフィルム・アワード」では日本映画「そこのみにて光輝く」で主演された池脇千鶴さんが、助演女優賞を受賞されていました。私が昨年観た日本映画のベストワンが「そこのみにて光輝く」でした。特に池脇千鶴さんが主人公の女性を体当たりで見事に演じ切った女優魂に心底感心していたので、受賞を心から嬉しく思いました。
(事務局 hakko)

23. 「熊本羅針」4月号の表紙 (2015.03.20)

  熊本県中小企業家同友会の会報誌「熊本羅針」の平成27年4月号の表紙に、私の写真が掲載されました。今年度も、一年間表紙の写真を担当させて頂くことになりました。

 今回のタイトルは「遠い記憶」です。
 熊本城で撮影したものです。
 
 解説としては、
「桜の花びらが、一面に舞い散って、雪のようだ。
その中で無心に遊ぶ子供たち。
今この時に溶けて、春が行く。」
としています。

22. 感謝のふりかけ (2015.03.16)

 平成26年3月16日、くまもと森都心プラザホールで、熊本県の主催で「自殺予防講演会」が開催されましたので参加させて頂きました。

1. 第Ⅰ部は、精神科医の仁木啓介先生の「繋がる命」と題する講演でした。
 命を繋ぐポイントは、まずは目の前に何かやりたい目標を置いてあげる、本人の気持ちを尊重して話に耳を傾けじっくり見守る、ONとOFFという思考パターンだけでなくグレーゾーン(どうにかなるさ)という思考を持つ、そして、自分を許して、愛し、好きになる、家や社会での役割を与えて人の役にたつ喜びを体験させることなどが大切であるとのことでした。

2. 第2部は、熊本出身の書道家、武田双雲氏の大書パフォーマンスと、「人生が変わる~言葉の力・書の力」と題する講演がありました。
 熊本弁でのユーモラスな講演は、終始笑いが絶えなくて楽しいものでした。武田氏は「感性」、「感謝」、「感動」という3つの言葉を大切にされているそうです。感謝という点では、何事も悪いことの原因を考えないで「うまくいく」と考える、言葉にして言っていると夢は叶う、毎晩お風呂に入っている時にワクワクするような未来を思い描く、寝る時には布団は「感謝の場」だと考えて自分の周囲の一人一人に感謝したり、自分の身体のひとつひとつに感謝して、「感謝のふりかけ」をたくさんふりかける、すると気持ちが安定してぐっすり眠れるそうです。つまりは、感謝力を習慣化することがポイントのようでした。
 人間は今この瞬間しか生きていないことを知り、だから感謝スイッチをONにして幸せそうに楽しそうに生きていくこと、その大切さがよく分かりました。そういえば、、坂本もよく「微笑めば世界は変わる」と言っています。
 最後まで暖かな気持ちでお話しを聞かせて頂いて、とても充実した講演会でした。
(事務局 hakko)

21. 人生のフィナーレ (2015.03.13)

1.先日、事務所に戻ってくると、早稲田大学校友会の先輩のKさんの息子さんから伝言があっていて、Kさんが亡くなられたということで、お通夜等の日程の連絡でした。
 Kさんは、享年92歳。元銀行員の方で、校友会の会合でお会いする時は、いつもパリッとスーツを着ておられました。私とは親子以上の年齢の差がありましたが、お互い表現者として何か私と通じるものがありましたので、会合ではよくお話しをさせて頂きました。また、俳句の句集を頂いたりしましたので、私もまだ残っていた写真集を差し上げたり、写真ブログをプリントしてお贈りしたりしていました。
 今年の新年会にはお見えにならなかったので、気になっていたところでした。

2.当日のお通夜に参列すると、ご家族や知人など約40人位が参列されていました。遺影は実際よりも少しだけ若い頃の写真で、やはりスーツ姿で微笑んでおられました。
 入口にはご本人の直筆と思われる信条などの書きつけが飾ってあって、「身だしなみにも気を付けること」、「いつも新しいことに挑戦し続けること」など多くのことが書いてありました。ひとつひとつを読んで、Kさんが、どんなに老齢になっても自覚と誇りと気概を以って生きておられたことが、良く分かりました。本当に感心し、立派だと思いました。
 自分が老齢といわれる頃まで生きていられるのかは分かりませんが、もしそうなったら、Kさんのようないい生き方をしたいものだと思いました。
 心からご冥福をお祈りします。 

 「聞こえざるものを聞きつつ枯野ゆく」
 「死ぬことも忘れておりし日短し」  (Kさんの句集「輝くとき」より)

20. 心を打つものとは (2015.03.12)

 先日、仕事で東京に出張し、翌日は土曜日でしたので、一泊して美術館巡りをして来ました。

1.まず、六本木の国立新美術館の「ルーブル美術館展」。風俗画を中心としたもので、写真のない時代に色々な人達の色々な生活や人生があったことが感じられますが、私の印象に残ったのはフェメールの「天文学者」くらいで、特に心を動かされた作品はありませんでした。

2.それよりも良かったのは、横で開催されていた東京五美術大学(武蔵美、多摩美、女子美、日大芸術、東京造形大)の連合卒業制作展でした。観るのは今回で2度目でしたが、色々なジャンルで、色々な作品が展示されていて、中には一体どんなふうにして作ってあるのか分からないものもあって、かなり刺激的でした。若い美大生の、というか表現を志す人達の情熱の熱さが感じ取れます。3点位は心に響く作品があって、ずっとその前で佇んで、味わっていました。何を、どう表現するかをいつも追及している、そして、それを伝えることに熱い情熱を持ち続けている、そんないい作品はグングンと心に迫って来ます。佐藤暁さんの「またあすを生きるために」は良かった。

3.次は、上野の東京都美術館の「新印象派展」。新印象派は、印象派よりもより繊細な点描法で純静な色や光の表現を目指したもので、ジョルジュ・スーラ―やポール・シニャックに代表されます。確かに光と色の表現は澄んでいてきれいで、感心しました。新印象派の誕生から、展開、そしてフォーヴィズム(野獣派)へのつながりの歴史がよく分かりました。これまでよく見たことがあるスーラの「グラント・ジャット島の日曜日の午後」についても、初めてその表現意図や歴史上の位置付けを知ることができました。

4.同時に開催されていた「新鋭美術家2015展」では、高松和樹氏の作品群は素晴らしいと思いました。この中の「何ダカ意味ガ解ラナイ事ノ為ニ」は、昨年国立新美術館の独立展で展示されているのを見てとても印象的だったので、ハガキプリントを買っていたものですが、まさかここでまた観ることができるとは思いもしませんでした。3DCGのグラディーションによる白黒表現で、アニメの女子風のイメージを使って、現代っ子の感情を表現しようとしているようですが、色や質感、繊細さと表現の独創性には、「こんな表現があるんだ!」と改めて感心してしまいました。

5.最後は、やはり何と言っても、竹橋の国立近代美術館で、その中でも、特に日本画です。私が一番好きな場所です。3階の日本画は行く度に展示替えしてあるので、色々な作品を鑑賞することができます。今回も、多くの作品に触れて、日本画の繊細さ、表現やテーマの奥深さを感じることができました。感動して、「すごい!」と思って、ずっと佇んでいると、その画と一体になるような感覚になってしまいます。画の中に入ってしまうような。そんな画と出逢えることは、とても幸せなことです。

6.今回も合計で1,000点以上の作品を観ることができました。色々な人の色々な作品に出逢って、とても楽しくて、また、刺激になるいい機会でした。

19. ADR実務懇談会 (2015.03.12)

 平成27年2月25日、東京霞ヶ関の日弁連会館で、ADR(裁判外紛争解決機関)センターの全体会議と実務懇談会が開催されましたので、参加しました。

1. 全体会議では、原発ADRの状況(約14,000件の申立てがあり、11,000件が解決など)、金融ADR、国際家事ADR(ハーグ条約関係)、医療ADRなどの状況について報告がありました。

2. 次に、実務懇談会は、各地の弁護士だけでなく、事務局の方々も参加をして研修や意見交換をするものです。
 前半は「和解という智慧」などの著作もある廣田尚久弁護士が講演されました。内容的には、規制緩和の流れの中で再び私的自治が見直されてADRの拡充が叫ばれていること、訴訟と和解の措置の比較、当事者の関係修復の試みなどについてで、特にADRのモチベーションの高さを強調されていたのが心に残りました。
 後半は「弁護士会ADRだから解決できた案件」と題して、各会への事前アンケートの結果を踏まえて、意見交換がなされました。今回のテーマを設定した趣旨は、弁護士会ADRの設置会は30数会にとどまっていて、まだ未設置会も多いので、弁護士会ADRの意義と有用性を再確認して理解して貰い、更なるADRの活性化を図ろうというものです。

3. ここでの議論も踏まえると、私は、現在、熊本県弁護士会の紛争解決センターでも、次のような点の充実が必要だと考えています。
 ①広報関係
  ・リーフレットを相談センターの相談室にも置いてもらう
  ・会員向けパンフレット、紛争解決センターニュースの発行
  ・会報にもADR解決事例を載せてもらう
  ・自治体その他相談機関への送付
 ②広報の予算アップ
 ③あっせん人名簿の整備-プロフィールを記載し選択可能にする
 ④応諾率アップのための電話の工夫-「1回でも来られて下さい」
 ⑤犯罪被害者との示談の際の活用→会員に広報する

   今回特に参考になったのは⑤で、犯罪被害者との示談交渉について、加害者側としては直接被害者側とは交渉しにくいので、ADRを使って交渉の場を設けるという方法です。このような方法があることを会員に周知しておけば、かなり活用できるのではないかと思います。
 また、④については、現在のADRの予算はかなり控えめになっていますので、ADRの活性化という観点から今後は特に広報に力点を置く必要がありますので、広報予算についてはこれまでよりもかなり増額して予算請求をした方が良いと思います。そのためには、どのような広報方法をとるかを検討して、予算の積算をする必要があります。

4.  なお、私も進行上発言を求められましたので、中小単位会ではシュミレーションをして利用の人数があるかどうかや、財政的にはどうなるかなどを心配しがちです、しかし、心配をするよりも、まずは「地元で裁判所と肩を並べる民間の裁判所を作って弁護士会が紛争解決のための最前線の役割を果たそう」という熱い意気込みで一歩踏み出すことが大事で、そうすれば設立にも運営にも大きな支障はないと思うので、未設置会は是非設立に向けて頑張って欲しい旨を伝えました。

18. 臨時総会 (2015.03.05)

1. 先日、パレアホールで、熊本県弁護士会の臨時総会がありました。議題は、補正予算、暫定予算、法律相談センターの労働相談を無料化するための規則改正でした。

2. 冒頭に、平成26年5月以降に入会された新入会員15名のうち11人が簡単な自己紹介をされました。これで、当会の会員数は257名となりました。私が昭和61年に入会した時は会員数はあ90名でしたから、弁護士増員政策によって、この30年間で会員数は約3倍にも増えたことになります。
  昔はどの先生がどんな性格で、どれ位の力があるかとか、私生活上のことなどもある程度分かっていましたが、今ではすべての会員の先生方の名前を覚えることさえかなり困難な状況になってしまいました。
 あと数年ですぐ300人も突破してしまい、これからも競争が激化して行くことは確実ですので、各人も益々確かな識見を持って研鑽を積み業務に励んで行く必要があります。また、一方では、若手支援策の充実(OJTの機会や相談体制の整備など)に力を入れる必要があります。

3. また、来年度の会長予定の先生の挨拶では、メインの政策として法律相談センターの充実(扶助相談、自治体相談、専門相談)のお話しがありましたが、この点については益々弁護士会の広報戦略を展開することが不可欠だと思います。
  現在の広報としては、年間約480本のテレビCM、月2回の熊日新聞での広告、電話帳、市電、自治体や行政機関へのパンフレットの送付等を行っていますが、来年度は、①引き続き会長らの自治体訪問を継続する、②自治体向けパンフレット、福祉機関向けパンフレット、弁護士会パンフレット、ADRパンフレットなどの一層の活用、さらに、新しいところでは、③私が会長時代から検討していた鶴屋デパートやショッピングセンターでの日曜相談なども、検討してみる必要があると考えています。

17. フィナーレー白い雲 (2015.02.28)

 平成27年2月28日(土)は、約42年間に亘り熊本県民に愛され続けてきた「県民百貨店」の最終営業日でした。坂本が初めて法律事務所を開業した場所が、県民百貨店と同じ桜町でした。徒歩数分という近距離にあったので、よく利用する機会の多かった思い出深い百貨店でした。残念ながら、坂本は日弁連の委員会出席と東京での交渉案件があるため東京出張中でしたが、私は県民百貨店のフィナーレを見届けることにしました。
 午前中は、カメラや携帯で記念写真を撮る人があちらこちらに数多く見受けられました。店内で記念に最後の買い物をしようと思いましたが、今まで見たこともない大勢の人で賑わい大混雑していましたので、残念ながら入店することは諦めました。

 閉店を見届けるために午後5時45分位から入口付近に並びました。日中は晴天だったのに、閉店直前に突然、まるで涙雨のようにしとしととした冷たい雨が降り出しました。最後のお客様のお見送りが、午後6時30分でした。従業員の方やお客様も、目を真っ赤にして泣きはらしていたり、ハンカチで目頭を押さえている方も多く見受けられました。そこに、突然、くまモンが登場して従業員の方々を労い、華を添えていました。
 閉店後に、松本社長が深々とお辞儀をされて最後の挨拶の言葉を述べられました。「県民百貨店は解体されてなくなりますが、白い雲になります。白い雲になって、皆様を見守り続けます。白い雲を見たら、この建物を思い出して下さい。」と泣きながら話されました。消えてなくなることの切なさ、悲しさに胸が締め付けられ、思わず涙が込み上げてきました。周囲の方々もみなさん泣いていました。
 そして、多くのお客様からは次々に「ありがとう!」「いつも優しく包んでくれてありがとうございます!」という掛け声があがり、大きな拍手が湧き起こりました。別れの場面に立ち会った全ての人の心がひとつになった暖かな瞬間でした。人々の記憶の中で生きる県民百貨店の最後の姿を眼に焼付けて、しっかり心に刻むことができました。本当に感動的なフィナーレでした。

 さようなら、そして、ありがとう! いつまでも忘れません。「県民百貨店」。
 (事務局 hakko)

16. アートパレード (2015.02.25)

 私は普段はコンテスト等に写真を出品することはありませんが、今回地元ということで熊本市現代美術館開催の「熊本アートパレード」に出品してみました。
 作品は、「一夜の夢」と題する組写真2枚で、虹色に輝く無数の水滴を撮ることによって、無数の生命の存在の輝きと無常の姿を表現したものです。勿論、入賞にはかすりもしませんでした。

 展示された色々な作品を見ていると、結局、表現とは何だろう、オリジナリティとは何だろう、評価とは何だろうと思います。
(いろいろと考えていることはありますが、時間の関係で、またの機会にします。)



 展示期間は、3月8日(日)までです。お時間がございましたら、ご覧頂ければ幸いです。

15. 「熊本羅針」3月号の表紙 (2015.02.20)

 熊本県中小企業家同友会の会報誌「熊本羅針」の平成27年3月号の表紙に、私の写真が掲載されました。

 今回のタイトルは「この今は燃えている」です。
 この写真は、阿蘇の野焼きを撮影したもので、予想もしていない中で目の前で一瞬にして炎が大きく立ち上ったので、400ミリの望遠レンズで夢中で撮ったものです。

 解説としては、次のように書いています。
「人は佇まないと気がつかない。
この今が大きく燃えていることを。
刻々と変化していることを。
そして、一瞬であることを。」

14. 下請かけこみ寺の無料相談 (2015.02.18)

 経済産業省中小企業庁の委託事業で「下請かけこみ寺」という制度があります。
 この制度は、中小企業の方々の取引上の悩みや問題を、無料で、弁護士に相談できたり、裁判外の調停機関(ADR)で調停あっせんをしたりできる制度で、全国に設置されています。

 熊本では、私が相談担当者となっています。
 中小企業の皆様で、弁護士の無料相談などをご希望の方は、次の番号まで、お気軽にお電話されて下さい。

             フリーダイヤルTEL:0120-418-618

13. 通い合う心 (2015.02.18)

 今日、事務所で仕事をしていると、突然、老齢の女性と娘さんが事務所を訪ねて来られました。
 それは、私の依頼者の方で、依頼を受けた案件は、店舗を事業者に賃貸していたものの、長年の賃料不払が重なったため、私が依頼を受けて未払賃料の請求と解除・店舗明渡請求の訴訟を提起し、その後も事業者と交渉して、つい最近退去まで実行させた案件でした。

 無事に解決したので、わざわざ遠方から御礼のご挨拶に見えられたのですが、一文字一文字、お心のこもった達筆の礼状とお心遣いの品までご用意されていて、本当に恐縮してしまいました。

 今回は、訴訟やその後の交渉だけでなく、連帯保証人への訴状送達のために阿蘇にまで現地調査に出掛けたりして、熱心に事態の解決に取組みましたので、、依頼者の方にもその姿勢を評価して頂いて、お互いの心が通じ合ったことは、何とも喜ばしいものです。

 依頼者の方は、帰り際にも深々と何度もお礼をされ、私も最大限の笑顔で見送りをしました。
 仕事のやり甲斐を感じる暖かいひとときでした。

12. 放送大学での講演 (2015.02.17)

1.平成27年2月14日(土)、放送大学熊本学習センター(熊本大学内)で、「輝いて生きる」と題して講演をさせて頂きました。熊本言友会主催で、熊日新聞社、熊本県教育委員会、熊本市教育委員会などの後援でした。
  参加者は約60名位で、小学校の言葉の教室の先生方、大学生、言語聴覚士を目指している学生、吃音の子供を持つご家族の方々、放送大学の受講生の方などでした。講演終了後には、裁判所の書記官の方からも「聞いていました。」と声を掛けられて、びっくりしました。

2.内容的には、前半は、私がどもりとの関わりと経験の中から学んだことをお話しし、後半は、病気の経験とこれを踏まえた人生の変革について、お話しをさせて頂きました。
  「前半」の話しの内容は概ね次のとおりです。少し長くなりますが、読んで頂ければ幸いです。

                                          「どもりでよかった」・・・かな!?

  私は現在、仕事の忙しさを言い訳にして言友会の活動からはすっかり遠ざかってしまいましたが、あらためて自分の人生にとって「どもり」はどんな意味があったのだろうかと、振り返ってみました。取り留めもない内容のものですが、今、どもりで不安を抱えておられる方々に、特に中学生や高校生の方々に、こんな人生もあったのかとお読み頂けたら幸いに思います。

1.高校生の頃まで
 ①私は、幼稚園の頃からどもっていた記憶があります。小・中・高と一貫して難発性の重いどもりでした。性格的には負けず嫌いなので、学校の成績はまぁまぁよかったのですが、授業中は当てられてもほとんど話せず、授業中に「今日は当てられはしないか。」と不安な毎日の連続でした。「言葉が自由に出ない苦しみ。」それは自分ではどうしようもない苦しみでした。
  高校の時には、課外授業で先生から指されても全く何も答えず黙り込んでいたため、「お前は○○か!」と蔑辱されたりして、悔しくて教室を飛び出し、離れた空いた教室で一人泣いていたこともありました。まるで青春ドラマみたいですが、この場面は、今でもありありと鮮明に思い出すことができます。
 ②今となっては、そんな全てのどもりの体験も「懐かしい」ものとして受け容れることができますが、多感な年頃の当時は非常に辛く、また何よりも「自分はどもりで、将来一体どうなるんだろう。」という押し潰されそうなくらいの大きな不安を抱えていました。

2.大学時代など
 ①私は大学進学のために上京すると、期待に胸膨らませて「東京言友会」に入会しました。それは、その年のNHKの「青年の主張コンクール」で優勝した人がどもりの人で、朝日新聞の読者欄に投稿して言友会の活動を素晴らしいものとして紹介し、「どもりは克服できる」みたいな考えを述べていたからでした。学生で時間はあるし、私も言友会に入会して何とか頑張ればどもりもよくなって明るい未来が開けると考えていました。 
 ②ところが、東京言友会に入会してみると、当時の言友会を動かしていた主流の考え方は「治す努力の否定」、すなわち森田療法的な考え方を基礎として、自分をあるがままに受け容れること、どもりをどもりとして受け容れ、治す努力を否定し、目的本位に行動するというものでした。
  私は、ここではじめて「どもりは努力しても一生治らない、データー的にも治らない人が殆どだ。だったら、治すことに捉われ、治った時のことを夢見て治すために無用な努力をすることをやめて、どもりを受け容れ、本当に自分がやりたいことに全力を尽くそうじゃないか。」というような考え方があることを知って、「えっ!!」と、非常に衝撃を覚えた記憶があります。このような考え方の代表は、伊藤伸二さんの「吃音者宣言」という本でした。「どもりさえ治ったら・・・」と思っていたのに、「どもりは治らない!」なんて、私はショックでした。
  でも、「そぉーかぁ、確かに、そうかもしれないなぁー。」とも思う反面、また考えがぶれ戻して、「いやいや、そうは言っても自分はやはり本当の正直な気持ちはどもりを治したいし、何とかなるんじゃないか」という反発する気持ちが拮抗し、私の考え方は揺れていました。
  私の東京言友会での活動は、本当に短いものでしたが、この活動の中で、私は、ア.「どもりを受け容れ、どもりと一緒に生きて行く」という考え方があることを知り、イ.どもりとひとくちに言っても、色々などもりのタイプの色々な考え方の人がいて、それぞれ違った人生を生きていることを知り、ウ.脳性麻痺などの他の障害を持った方々と実際に触れ合う中で、世の中には色々な障害を持ちながらも前向きにたくましく生きている人が大勢いることを知りました。
  この活動を通して、私の狭く閉ざされていた心が、ほんの少しだけど開きました。私の小さな殻に、少しだけヒビが入りました。
 ③私は当時、「どもりが治らないなら、言友会の活動をしても仕方なあいのかなぁ・・・」と短絡的に考え、大学は法学部に在籍しており、できれば司法試験を受験したいと考えていたこともあって、言友会の活動は止めて、取り敢えずは専門の法律の勉強をすることにしました。しかし、やはり将来の就職等でどもりであることの不安は解消されず、不安は大きいままの状態でした。
 ④そんな中、4年生の6月頃になり、いよいよ最終的な進路を決定しなければならない時期がやって来ました。私は入学時から東京で就職する気持ちはなく、地元の熊本に帰って働くつもりでいましたが、熊本で就職するとなると一応県庁や銀行、マスコミ等になり、しかし元来が組織向きの性格ではないし、一生出世等を気にして生きるのは嫌だったので、せっかく法学部で勉強して来たので弁護士になって活動してみたいとの思いもありました。
  しかし、「重いどもりの自分が弁護士なんてできるわけもないしなぁー。」と悩んでいた時、東京言友会の先輩の方でどもりで弁護士をされている佐和正亮弁護士という方がおられると聞き、驚くと共に、事務所に電話を入れて事情を話すと、先生は快く会って下さいました。事務所を訪問して、「どもりでも弁護士ができますでしょうか?」と正直な相談をしましたところ(先生はどもりでも、大学時代には演劇をされていたとのことで、私とはどもりの状況も全く違ったのですが)、先生は「いやいや、どもりでも大丈夫。仕事の7割くらいは書面で、刑事の弁論など以外は人前で話すことは少ないから、どもりでも、要は情熱ですよ。」などと、明るくアドバイスして下さったのです。自分が実際、弁護士になってみると、やはり「話す」ということは仕事の重要部分なわけで、先生のこの説明は事実とは違う面がありましたが、先生としては私のことを考えて頂いて、「本当にやりたいのなら、どもりでも諦めるな。」ということを言うための励ましの説明だったのだと思います。
  先生のこの言葉を「そうかー!」と単純に受取った私は、大きな不安はあるし、正直言ってどうなるかは分からないけれども、弁護士を目指して司法試験を受けることを決意し、就職はしないことにしました。「不安はあるけれど、とにかく飛び出してみよう。」、この決意は私の人生の大きな転機でした。私の殻が破れ始めました。
  その後、大学卒業後はアルバイトをしながら司法試験の勉強をしていましたが、アルバイトの人間関係以外では他人とあまり話す機会もなかったため、どもり的には不安の少ない平穏な日々が続きました。しかし、最終的に「自分は弁護士になって、どもりでやっていけるのかなぁ・・・」という大きな不安は依然としてありました。

3.弁護士になって
 ①やがて、司法試験に合格し、最高裁司法研修所に入所し研修を受け、また熊本に実務修習で配属されて、「半人前」の社会人として活動することになりましたが、やはりどもりということでの不安はありました。
  しかしながら、実際に弁護士になると「どもりだから」なんて悠長なことは言ってはいられなくなりました。たくさんの依頼者の方々から相談を受け、事情を聴取し、組み立てをしてアドバイスをし、信頼を得て、相手方と交渉をして説得をし、裁判所で尋問をし、色々なところで大勢の人を前にして講義や講演等々のさまざまの活動をやって行く中では、活動目的の達成こそが第一義、「目的本位」であって、どもりの不安はあっても、逃げずに、不安は不安としてそのまま抱えて、やるべきことを一生懸命やらざるを得ませんでした。「自分はどもりだから」なんて、言っている暇はありません。
  私はどもりであるということは、弁護士の評価としてはプラスになることはないと考えていたので、できるだけどもらないような話し方をしていましたが、究極的なところでは、「どもりなんだからどもっても当り前、どもってもそれはそれで仕方ない。」と思っていましたので、迷いながらも、なにごとにもopen mindの心で、明るく、体当たりで飛び込んで行きました。
 ②そして、そんな一生懸命な日常を続けていると、弁護士を10年もする頃には、幸いにも仕事面でも多くの方々から信頼を得て、全体としてのトータルな自分自身にも自信がついて、どもりということで悩むことはなくなってしましました。
  勿論、私は今でもどもる場合がありますし、不安を感じる場面はありますが、それは日常の中では淡々と流れて行ってしまうことで、どもりは大きな不安や悩みではなくなってしましました。世の中には、もっともっと大事なものがあったのです。

4.どもりであることの意味
 ①以上のような半生を経て、私は、「私の人生にとって結局どもりとはなんだったのか、どのような意味があったのだろうか?」と考えてみました。
  どもりはその態様も考え方も個々人によって多様なものがありますから、勿論、一般化して述べることはできませんが、私の場合に限って言えば、どもりの問題の本質とは、自分の心が伸びやかでなく小さく閉ざされていて、自分の殻を破ろうとしなかったこと、不安に捉われ恐がって問題場面を避けようとして行動しなかったこと、だと思います。
  ですから、私にとってどもりとは、「自分の殻を毎日少しずつでも破って行く」こと、「不安はあっても、まず飛び出して行動する」こと、「案ずるより産むが易し、飛び込めば道は開ける」、長い時間をかけてのその学びのための試練の場だったように思います。ひとことで言ってしまえば、何と単純なことだったのでしょう。
  確かに、経験的に言っても、私が「どもり」でなくなることはありませんでした。私がどもりであることに、ひとつも変わりはありません。今でもどもりと一緒です。結局、万事、変えようのないものは悩んでも仕方ないことなので受け容れるしかなく、あとは、それを引き受けて、どう生きて行くかという問題だったのだと思います。どもりの不安が完全に消えることはありません。不安や悩みはあっても、これを否定しないで、上手に付き合い、やりたいこととやるべきことに、この場面でのこの瞬間に、一生懸命に人事を尽くすことが大事で、そうしているうちに、何年かすれば違った自分が見えてくるのだと思います。
 ②色々な経験をして、自分の人生を振り返るような年代になってくると、自分の人生において、自分とどもりとは切り離すことはできないものだったんだと思いますし、「何だか自分もよく頑張ってきたなぁー」とかえってどもりのことが愛おしくなってしまう思いもあります。昔、あれだけ嫌で不安に思っていたどもりが、今では愛おしくさえ思えるなんて、人生何という変わりようでしょう。その意味では、どもりの問題は「どもりである自分を、自分が好きになってゆく過程」と言ってもいいのかもしれません。
  私は、今でも正直言って「どもりでよかった!」と100%前肯定するには至っていませんし、どもりでないにこしたことはないと思いますが、「まぁ、どもりでもよかったかな・・・」くらいには思えるようになりました。大変なこともありましたが、どもりだったことで、人とは違って色々なことが経験できたし、違った感性を持てたし、たとえどもりでなくても、こんな自分ならばきっと別の問題で悩んでいただろうし、かえって「どもりくらいの昇華できる試練でよかったかな・・・」と思えるようになりました。
  どもりは最愛ではないけれども、私の人生での大切なものだったのです。でも、こんなことも自分が色々な経験をして年を取ったからこそ言えることで、自分の学生時代には考えるはずもないことでした。
  宇宙誕生137億年、地球誕生46億年、我々の人生は、その中のわずか数十年です。あっという間の束の間の人生です。地球という星の、この時代に生まれた人間として、生命の存在の意味を噛み締めて、一日一日、生き生きとした人生を送りたいものです。そして、そのためには、自分なりの物語を作って、やりたいこととやるべきことに、この場面でのこの瞬間に、夢中になって生きることこそが大事であって、どもりでもまったく大丈夫ですよ。

  どもりのお子さん方、中高生の皆さん、確かに今は不安でしょう、辛いことも多々あるでしょう。その気持ちは本当によく分かります。でも、前を向いて下さい。不安はあっても前に進んでみましょう、「不安は抱えたままで」まず、自分の夢に、「今、ここに」行動してみましょう。きっとあなたの人生の道は開け、いい人生になると思います。きっと!きっと!
  あなたがその一歩を踏み出す勇気を信じています。

11. ア・ラモートさん (2015.02.13)

 今日は大津町役場の法律相談日(住民相談)でしたので、朝から車で出掛けました。
 熊大前を過ぎると、パウンドケーキの自転車販売で有名な「ア・ラモート」のアラモトさんが、前を一生懸命に自転車をこいでいるのが見えました。街の中心街下通りで販売しておられるのはよく見かけますが、阿蘇や天草、人吉などの県内各地までわざわざ自転車にケーキを積んで販売しておられる方です。

 私が追い抜いたり、信号停車しているとアラモトさんの自転車がまた私の車を追い抜いたりして、1Km以上前後して並走しました。並走しながら、私は注意深く様子を見ていました。
 赤い業務用自転車の荷台に木箱を取り付けてケーキを入れて、高いノボリを立て、約20㎝の高さがある白いコック帽に、白いコックコート、そしてピンクのズボンを履いて、無心に前を向いて、一生懸命に自転車をこいでいます。年月は流れ、帽子の下に見えるもみあげは、もうすっかり白くなっています。
 でも、元気そのものです。日焼けした顔と、前を向いたキリッとした眼差しからは、この寒空の中でも自転車で走り続けている逞しさと情熱が強烈に伝わって来ます。
 その姿に、私は「あぁ、いつもいつも頑張っているな~!」、思わず、そう思って、感動しました。いつまでも情熱を持って、前を向いて、走っている・・・。

 アラモトさんを追い抜き、かなり距離が離れた時、バックミラーを見ると、そこにもアラモトさんが一生懸命に自転車をこいでいる姿が、小さく映りました。私はやはり、グッと感じるものがありました。

 実家を訪問するために同乗していた妻も同じ気持ちだったのでしょう、「車を止めて!」と言ったので、道路脇に車を止めました。妻は遠くに見えるアラモトさんに向かって両手で大きく手を振りながら、アラモトさんがやって来るのを待ちました。そして、アラモトさんに「一生懸命、自転車をこいでいる姿に感動しました。」と言って、パウンドケーキを買い求めました。妻が「どこまで行くのですか?」と尋ねると、「今日は南阿蘇村の長陽まで行きます。」と答えられました。往復60~70㎞はあるでしょうか。このスタイルを始めてもう25年になるとのことでした。
 そして、アラモトさんは、釣り銭を渡して、妻の手を優しく握り締めて、「寒いですから風邪をひかないで下さいね。」と、満面の笑みで言われたそうです。妻は「私がアラモトさんに言わなければいけない言葉を、逆にアラモトさんから優しく言われた。」と言って、胸打たれ泣いていました。

 何か信念にも近いものを持って、一心に生きている人の姿は、とても美しいものです。

10. 鉛筆のチカラ (2015.02.12)

 熊本市現代美術館で、「鉛筆のチカラ」(木下晋・吉村芳生展)が開催されていたので、出掛けてみました。
 鉛筆は身近な筆記具だけれども、絵具とも写真とも異なる繊細な描写力があるので、どんな作品なのだろうと期待を持って出掛けましたが、想像以上の凄さでした。

 木下晋氏の作品は、老婆等の顔や祈りの手などを大画面にクローズアップして繊細にかつ力強く描いたもので、各人の人生と時間とその思いがひしひしと感じられるものでした。テーマ性が強烈にストレートに突き刺さってきます。木下氏は、1日に14時間鉛筆を手に机に向かうそうです。勿論、毎日のことでしょう。

 吉村芳生氏の作品は、自画像や大画面のコスモス、藤の花などでしたが、私が一番関心を持ったのは「金網」というタテ約1m×ヨコ約17mもある大きな作品でした。一面にただびっしりと細かい金網の目が描いてあるものです。「17m」もです。私は右側から見て行きましたが、余りの長さに、途中で感心というか、思わず苦笑してしまいました。こんなに細かい作品を作って、一体どれだけの時間をかけて描いたのだろう?と。
 でも、画面の左端まで来て、金網の目が切れてはいるけれども、何かに繋がって行く余韻を残して描いてあるように感じましたので、またもう一度元に戻って見返しました。一体この作品で何を言いたいんだろう? ただの金網を描くだけなら、こんなに大画面に、膨大な時間をかけてまで描かないだろう。考えるとすれば・・金網の目に託して悠久の時間と生命の流れと、その繋がりを表現したということか? 私は、暫く作品の前に立ち尽くしていました。

 想像を超えるものに出逢った時、今まで見たこともない表現や考え方に触れた時、人は素直に感動します。本当のプロの仕事はスゴイものです。まさに、日常に風穴を開ける「芸術のチカラ」を感じた展覧会でした。
 いい刺激になりました。

9. 春めいて (2015.02.11)

 事務所入口に、今日からサクラやミモザなどを飾りました。

  サクラを飾ると、一気に春が訪れたようなワクワクした気分になります。
ミモザの鮮やかな黄色も春を思わせる色です。

 一足早い春を満喫して頂ければ幸いです。
                 (事務局 hakko)

8. 全国指定弁護士研究会 (2015.02.10)

 平成27年2月5日、東京の平河町で、JA共済(損保)の指定弁護士の研究会が開催されましたので、参加しました。

1.今回のテーマは、「軽微物損・モラルリスク事案の事例紹介と注意点」についてで、3名の弁護士が取扱事例の紹介と報告をされました。
 この問題については、損保関係の仕事をしている弁護士は日常の担当事案で頻繁に直面しているところですので、当然各自ノウハウの蓄積がありますが、今回は3点位参考になる点がありました。
  1点目は、千葉の先生が、不当請求の事案に対しては、早期に債務不存在確認(または債務額確定)訴訟を活用されていた点です。昔は不当請求の事案に対しては、かなり積極的に債務不存在確認訴訟を提起して解決を図っていましたが、一時保険会社等の不当な支払拒絶が社会的に問題になってから、損保会社も弁護士も債務不存在確認訴訟を提起することには抑制的になっていたように思います。
 ところが、そのような状況の中で、この千葉の先生は、不当請求に対抗するという熱意のもとに、自分の強い意思を持って、担当者を説得し、債務不存在確認訴訟を積極的に活用されていたので、なるほどと考えさせられるところがありました。
 その他参考になったのは、「自賠責保険への請求歴」について弁護士法23条照会をすることや、整骨院施術への対応などです。(ここでは詳しい内容は割愛します)。

2.その後は「赤い本」の編集委員もされているK弁護士が、平成25、26年度の交通事故判例(98件)について、手際良く解説をされました。

3.交通事故の分野は、日々担当していると論点も多くて、本当に奥が深い分野です。
  一層勉強し、研鑽を重ねて、紛争の予防と解決に力を尽くしたいものです。

7. 人生の目覚しベル (2015.01.23)

 年末年始は、自分の人生を考えるいい機会です。
 思えば、これまでその場その場で色々な色彩りがありましたが、人生は本当にあっという間です。まさしく「人間50年、下天のうちを比ぶれば、夢幻の如くなり」です。
 そして、今の自分を振り返っても、一週間単位で仕事に家庭に趣味にそして雑事にと、慌しく時が過ぎて行ってしまいます。そんな慌しさの中で、私達はややもすると、日常に埋没し、日常のルーティンに流されてしまって、何となく漫然と生きてしまっています。本当に溢れんばかりの生命の輝きを、そして、「あぁ、生きているな!」という生きている実感を忘れてしまっているようです。
 結局自分の人生は何だろう、何を大切にして来て、これから何をどうしようというのだろう? 若い頃は真剣に模索していた、人間にとってのそして自分にとっての究極のこの問いも、日常に埋もれていつの間にか忘れ去ってしまっているのでした。

 でも、そんな時、ふと「人生の目覚しベル」が鳴るのです。人は、ハッと気付いて、本当に大切なものは何かと考えます。そして、生きる意味を問い直して、本当に生き直す「覚悟]をするのです。再生し、生まれ変わるのです。そのベルは病気であったり、親族や友人の死であったり、日常の大小の出来事であったりします。どんな人にでもそんな場面は沢山ありますが、結局は、そのベルが鳴っていることに気付くかどうかです。

 年末年始にかけて「SEKAI NO OWARI」(セカイノオワリ)のCDをずっと聴いていましたが、この中に「生物学的幻想曲」という作品があって、次のような歌詞があります。
 「子孫を残し繁殖する これが僕が生まれた理由で 僕も命のサイクルの中の一つでしかない それなのに僕は喜んで、怒って、楽しんで、悲しんで、死んで行く 人類が死なない為に僕は生まれたの?
 永遠に分裂を繰り返すアメーバーに、生まれた意味や生きてる意味はあるの? ただ永遠に繁殖を繰り返す人類の中で、僕は僕である必要はあったの?
 美しく廻る永遠の命のサイクル、ぐるぐるぐるぐる廻り、永遠に繰り返して行く 美しく廻る永遠の命のサイクル、ぐるぐるぐるぐる廻り、永遠に止めてはならない
 僕はいつか自分も「意味など存在しない」大きなサイクルの中にいると解かるんだろう、そしたらやっぱり僕も子供を授かって、命のサイクルの中で美しく廻ってみよう」

 人はややもすると、自分個人の視点だけからしか生きる意味を考えませんが、考えてみれば、大きな宇宙のシステム、生命の流れからすれば、私達個人個人の人生や生きる意味などたわいもないもので、その意味などないに等しいものです。生物学的には私達個人は人類が繁殖の多様性を生み出すための「遺伝子の舟」にすぎません。その意味では悲しい面もありますが、でも、そんな自分の生物としての役割を本当に自覚できたならば、自分の小さな個人の自我や殻に閉じ込まらないで、もっと「大きな生きる意味」を感じて、自分もその役割を担いながら、この限りある一生を燃え尽きて散って行こうと思えます。そんなことを考えさせるこの作品の歌詞は、とてもいいものでした。

 人生の目覚しベルは、いたるところで鳴り続けています。 

6. 春待ちガーデン (2015.01.23)

 年末年始の厳しい寒さから一転して、ここのところ日中は穏やかな陽射しに恵まれることも多くなり、心が晴れやかになります。

  早いもので、もうじき2月です。事務所のガーデンは、「一足早く春を感じて頂けるように !」との願いを込めて、今日植え替えをしました。愛らしく彩り豊かなジュリアンや、ピンク色のマーガレットがとても可憐です。白いイベリスが、ガーデンの中で素敵なアクセントになっています。
  事務所にお越しの際には、ガーデンの前でちょっと立ち止って、「春」を感じて頂ければ幸いです。心がウキウキと弾み、幸せな予感に包まれるかもしれません。(事務局 hakko)

5. 「熊本羅針」2月号の表紙 (2015.01.21)

 熊本県中小企業家同友会の会報誌「熊本羅針」の平成27年2月号の表紙に、私の写真の「今の連続」が掲載されました。

 この写真は、山鹿市のイベントの百華百彩で、八千代座の横の広場に設置された和傘のオブジェを撮影したものです。闇に浮かぶ和傘の塊は、何とも幻想的です。解説としては、次のように書いています。

  昔が良かったなんて思わない。
  「今」しかないから。
  今が一番楽しくて、
  今の連続で益々楽しくなる。
  自由になる。 

4. 遺言書の検認 (2015.01.20)

 自筆の遺言書があった場合には、被相続人の死後に遅滞なく家庭裁判所で遺言書の検認を受ける必要がありますが、先週久し振りに、自ら遺言書の保管者として検認の申立手続をして、家裁での検認の手続にも立会をしました。

 この検認は、相続人に対し遺言の存在と内容を知らせるとともに、遺言書の形状、日付、署名など内容を明確にして遺言書の偽造変造を防止する手続です。裁判所が遺言書の有効・無効までを判断するものではありません。
 手続では、裁判官からは遺言書の署名押印が被相続人本人のものかどうかなどを尋ねられますが、これは2、3分で終わってしまい、裁判官はすぐに退席してしまいます。あとは書記官が残って、遺言書のコピーをとり、さらに定規で遺言書のタテヨコの長さを測り、用紙の種類、用紙の行数、筆記具の種類と色、押印の色などを記録し、その後は暫く待っていると検認済みの証明書を発行してくれます。全部でも10~15分程度で終わってしまいます。

 高齢化が進むなかで、遺言や相続関係の相談は絶えることはありませんので、これらの関係でも益々研鑽を重ねて行く必要があります。

3. Chai maxx  慰労会 (2015.01.13)

 先週の週末には、新市街の「ハンク&ベティ」で、昨年末に開催された医療法人の忘年会のアトラクションのChai maxx(チャイマックス)チームの慰労会を開催しました。

 今までのブログにも書きましたとおり、このチームは練習も本番も本当に楽しくて盛り上がったものですが、衣装を手作りされるなど職員の方々がご苦労された面もありますので、私の方で慰労の席を設けさせて頂いたものです。色々と楽しく語らいましたが、今回は本番の様子を撮影したDVDや20枚以上の写真まで頂いて恐縮しました。その写真をアップしますが、クリックして拡大して頂くと、本番では皆んなが楽しくはじけている様子がよく分かります。特に、私は、顔中にシールを貼り、金色の衣装を着て、目立ってはじけています。

 2次会には、皆んなでももクロのBARの「猛烈笑店]に行きましたが、お客さんも一緒になってChai maxxを踊って盛り上がりました。この時に本番を撮影したDVDを大画面に再生してもらったのですが、なんと私のダンスのターンが明らかにワンテンポ遅れている様子が映し出されて、お店の中は大爆笑となりました。なに、受け狙いでわざとやったんだと言いたいところでしたが、自分ではまともに踊っていたつもりでしたので、恥ずかしい思いで笑い飛ばしていました。
 
 この医療法人はすでに今年の忘年会の日程も会場も決まっていて、早速予定を空けておいて欲しいと連絡があっていますので、今年もおそらくまた挑戦することになると思います。

2. スタート! (2015.01.05)

 今日は事務所の仕事始めです。
 朝から新年のご挨拶、電話応対、訴状や準備書面の作成などで慌ただしく時間が過ぎて行きましたが、「今日から今年一年がスタートする」という心地良い緊張感に包まれた一日となりました。

 お昼には、水前寺公園近くのフレンチレストラン「ロアジス」で、事務所の新年会を開催しました。にこやかなシェフと、きめ細やかな気遣いに溢れたマダムの素敵なレストランです。店名の由来通り、美味しいお料理を気軽に楽しめてくつろげるオアシスのようなお店です。手間暇かけて丁寧に作られた美しいお料理の数々に感動しながら、「今年もスタッフみんなで心をひとつにして、それぞれの役割に一生懸命頑張ろう。」と思いました。今年もよろしくお願い致します。(事務局 hakko)

1. 新年のご挨拶 (2015.01.01)

 明けましておめでとうございます。

 平成27年、2015年の幕開けとなりました。
 時代は益々激動の様相を呈していますが、今年も「この瞬間、このひととき」を感じながら仕事にも趣味にも精一杯生きて行きたいと思います。
 イメージ的には、天空から金粉が降り注いでいる「祝福された世界」のなかで、毎日を冒険のように新鮮な気持ちで挑戦して生きて行きたいと思っています。

 本年も何卒よろしくお願い致します。