42.慈悲と愛の光 2018/09/22 (土)

1 先月、長年の顧客である僧職の方がご相談にいらっしゃいました。守秘義務の関係で
 詳しい内容は説明できませんが、相談は亡くなられた息子さんのお嫁さんとの間の紛争に
 関するもので、問題の根底にはそのお嫁さんに対する激しい怒りと憎しみがありました。
 紛争案件にはよく見受けられることです。


2 ただ、私からすると、お嫁さんも、訴訟の前段階である調停手続で、事実関係に関する
 かなり詳しい陳述書を提出されて、何とか私の依頼者に理解を求めようと、ある程度誠意の
 ある対応をされているように思いました。
  そこで、私は、依頼者に対して、「相手にも事情があるので、自分のことばかりを一方的
 に考えるのではなく、今抱いている怒りや憎しみはもう全て捨てて下さい。もし捨てることが
 できないのならば、もうその感情には拘らないようにして下さい。怒りや憎しみに囚われてい
 ては、いつまで経っても紛争を解決することはできません。〇〇さんの人生にとって本当に
 大切なものは何なのか? その人生の中で、現在抱えているトラブルはどのような位置付けに
 なるのか? 考えてみて下さい。トラブルは、私に相談をして頂ければ必ず合理的に解決でき
 ます。いつまでも、怒りや憎しみに囚われていては、いい人生を過ごすことはできませんよ。」
 と、かなり強く説得しました。
  私が、日頃から人の心に向き合っておられ、しかも私よりも年輩の僧職にあられる方に対して、
 このようなことを言うのも失礼なことだとは思いますが、人間は自分がトラブルに巻き込まれて
 しまうと、なかなか冷静な対応ができない場合もあるものです。
  私は、いつも、これまでの自分の知識と経験をもとに、依頼者の皆様の人生にとって何が
 本当に大切で、そのためにはどうするのが一番良いかを考えて、率直に紛争解決のための
 アドバイスと行動を行います。勿論、私の意見に反発を感じられる方もいらっしゃいますが、
 私は依頼者の皆様の幸せと世の中の調和を目指すことが自分の使命であると考えていますので、
 このような観点から自分の見解ははっきりと言うようにしています。


3 そうしたところ、依頼者の方が、突然、「先生、先生の後ろの壁に飾られている絵から、
 光が射して照らされているように感じます。」と言われました。
  壁に飾ってある絵は、ブログNO.19で取り上げた鶴田一郎さんの「光り有り」という作品で、
 女性の顔であたかも金色の観音様がこちらに優しく微笑みかけているように見えるものです。
 展示会場でこの絵をひと目見て購入を決めたのも、浄土真宗でいえば世界を遍く照らす阿弥陀仏の
 慈悲と無限の光、キリスト教でいうなら神の偉大な光、特定の宗教と関係なく言えば宇宙真理、
 something greatの偉大な光、それも強烈に輝く眩しい光ではなくて、慈悲と愛を持って私たちの
 心や人生を優しく包み込む光を感じたからでした。
  この絵を事務所の相談室に飾ることで、依頼者や交渉相手の方々をはじめ、私や事務所の
 スタッフも慈悲と愛を感じることができて、紛争解決と世の中の調和を目指すという当事務所
 の目的達成と存在意義が少しも高まればいいなと思っていました。
  今回の依頼者の方は僧職で、やはりこうしたことに感受性が強いのか、この絵を見て、まさに
 私が考えていることと同じ感想を述べらました。そして、その気付きもあってか、今後は怒りや
 憎しみをできるだけ捨てて、事案の合理的な早期解決を目指す方向に「少しは」理解を示されました。
  芸術の力は、時に人生への対応も変えてくれます。